雲水の歩きも早し時雨かな    後藤 尚弘

雲水の歩きも早し時雨かな    後藤 尚弘 『おかめはちもく』  雲水(修行僧、行脚僧)の歩き方は「水の流るるごとく」とされる。力を入れず、体全体が一つになって、スーッと動いていくという感じだ。早く歩いているという印象はさほどないのだが、すれ違って振り向くと、あっという間に遠ざかっていく。「歩くのも修行の内」と聞けば、頷かざるを得ない。  この句、時雨が来た、そのために雲水の歩き方が早くなった、という風に受け取れよう。実際にそうだったのかも知れない。合評会で「列をなしているように思える」というコメントがあった。その場合、雨中でも一糸乱れぬ足取りに、通常では感じられない速さが見えてきた、と受け取ることも出来そうだ。  さて句作り上のこと。「歩きも早し時雨かな」が気になる。「早し」で切れ、最後の「かな」でまた切れる。「歩みの早き時雨かな」とすれば、表現上の違和感はない。私としては「雲水の歩み乱れぬ時雨かな」くらいにしたいのだが、作者の意図と異なってしまうかも知れない。「歩みの早き」に留めておこう。 添削例「雲水の歩みの早き時雨かな」   (恂)

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