雲水の歩きも早し時雨かな    後藤 尚弘

雲水の歩きも早し時雨かな    後藤 尚弘 『おかめはちもく』  雲水(修行僧、行脚僧)の歩き方は「水の流るるごとく」とされる。力を入れず、体全体が一つになって、スーッと動いていくという感じだ。早く歩いているという印象はさほどないのだが、すれ違って振り向くと、あっという間に遠ざかっていく。「歩くのも修行の内」と聞けば、頷かざるを得ない。  この句、時雨が来た、そのために雲水の歩き方が早くなった、という風に受け取れよう。実際にそうだったのかも知れない。合評会で「列をなしているように思える」というコメントがあった。その場合、雨中でも一糸乱れぬ足取りに、通常では感じられない速さが見えてきた、と受け取ることも出来そうだ。  さて句作り上のこと。「歩きも早し時雨かな」が気になる。「早し」で切れ、最後の「かな」でまた切れる。「歩みの早き時雨かな」とすれば、表現上の違和感はない。私としては「雲水の歩み乱れぬ時雨かな」くらいにしたいのだが、作者の意図と異なってしまうかも知れない。「歩みの早き」に留めておこう。 添削例「雲水の歩みの早き時雨かな」   (恂)

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厄年はもう来ぬ齢(よわい)燗熱し   岡本 崇

厄年はもう来ぬ齢(よわい)燗熱し   岡本 崇 『合評会から』(三四郎句会) 雅博 厄年は六十代までですね。季語の熱燗は感じが出ています、 賢一 私のことを詠んでいるような気がしました。ただ私は、熱燗より燗冷ましが合いそうな気がします。 有弘 私は「燗熱し」が効いていると思った。共感する句です。 敦子 厄年がもう来ない齢。嬉しいようにも思いますが、こう詠まれてみると、淋しいものなのですね。             ※            ※  実際のところ、厄年は曖昧である。一説に数え年で男は六十一歳、女は三十七歳とされるが、八十八まで、百まで、などという説もあるそうだ。ともかく句の作者は、厄年とはもう無縁、と熱燗を飲んでいる。その「熱燗」が適切かどうか。確かに「燗冷まし」が合うようでもあるが、やはり「熱燗か」とも思う。 考えてみると厄年は「人生五十年」時代以前に出来たもの。その頃の六十歳は長寿の部類だった。ならば「厄年八十歳でも新設したら」と提案したら、皆さん大反対。やはり厄年の来ない人生がよさそうである。(恂)

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氏神の大吉を引く初詣     髙井百子

氏神の大吉を引く初詣     髙井百子 『この一句』  一地域に長く住んでいると、氏神様との縁が自然に深くなっていく。子供が生まれれば「お宮参り」があり、その後に「七五三」が続く。年末が近づくと町内の世話人が来て、なにがしかの金額と引き換えに「お札」を配って行く。神棚に置く護符の類で、それを頂いて新年を迎えることになる。  お札のために毎年、お金を支払うのだ。当然、疑問も起きてくる。神社に何の権利があるの? と世話人に問う人がいるという。説明は難しい。一方、初詣は地元の氏神に、と決めている人もいる。地元の神様は地元民一人一人に気を配ってくださる、と考えており、句の作者もその一人なのだろう。  当欄前句の「産土神」と氏神は同じ、とみなしていい。呼び名はどうあれ、ご利益は地元優先である。子供たちは異性の友と連れ立ち、明治神宮など有名な神社に行くようになったが、作者は母親として「子供たちの分も」と氏神の御籤を引く。大吉であった。願いは氏神様がすでにご存じである。(恂)

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初参り産土神へ一里半     堤 てる夫

初参り産土神へ一里半     堤 てる夫 『合評会から』(番町喜楽会) 春陽子 リズムがいいですね。それと産土神(うぶすながみ)への距離を「一里半」と具体的に言い切ったところがいいと思いました。 双歩 そうですね。中七、下五の「産土神へ一里半」の道具立ての良さでいただきました。 白山 私は田舎育ちでしてね。我が家から産土神まで六繊憤賣と勝砲呂覆い韻譴鼻∋優ロくらいはあるでしょう。その道の景色などを思い出しましてね。 てる夫(作者) 作者は田舎住まいのてる夫です(笑)。一里半は正確な測定によるものではありません。(笑)。            *            * 「一里半」という言い方が懐かしい。戦時中、小学校二年で埼玉県に疎開した際、借りた家から学校までが半里(約二キロ)だった。子供の脚で小一時間かかっていただろうか。この句を選んだ人は大方、一里半を六舛抜校擦擦困法崚綿皸貉?嵌勝廚反射的に浮かんだはず。「里」をそのように受け取れる世代なのである。 尺貫法が禁止になって今年でちょうど六十年。しかし地方ならまだ「里」が使われる場合があるのだろう。それに何より、産土神への初詣だから「里」が生き生きとするのだ。尺貫法も尺貫法世代も結構しぶとい。(恂)

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