湯豆腐の踊れば止まる愚痴話     徳永 正裕

湯豆腐の踊れば止まる愚痴話     徳永 正裕 『季のことば』  かつて鍋物研究で、湯豆腐について十人ほどから話を聞いた時のこと。「あれは単なる“モノ”でしょう」と言った若者の言葉が忘れられない。「お湯の中に、何の味もしない柔らかなモノが入っているだけ」というのだ。焼肉、ラーメン、ハンバーガーを好む世代がそっぽを向くのは当然である。  ところが人間、中年を過ぎて老年期に差し掛かると果然、湯豆腐の微妙な味わいを理解するようになる。「霙(みぞれ)にも、雪にも、いつもいいのは湯豆腐だ。この味は中年にならないと分からない」(泉鏡花「ゆどうふ」)。豆腐は初め“木綿”好みだが、やがて柔らかな絹ごしに嗜好が変わっていくようだ。  風采の冴えない男が二人、湯豆腐を前に差し向い、話し合っている。「来年おれ、定年だよ」「お互い様だ」。湯がたぎり、豆腐が揺れ出すと、二人の愚痴話がぴたりと止んだ。この句、「湯豆腐の踊れば―」が巧みである。話はやがて老後の楽しみなどに移っていくのだろう。熱燗を追加して、至福のひと時。(恂)

続きを読む