ジーパンの二本干されて冬の空     中村 哲

ジーパンの二本干されて冬の空     中村 哲    『合評会から』(番町喜楽会) 幻水 マンションで時々見る光景です。子供がいなくて共働きのご夫婦でしょうか。 正裕 今年は寒いので、時事句として頂きました。暖かいパンツに履き替え、ジーパンを干している景でしょう。 二堂 冬空にジーパンが二本翻っている。夫婦の二本か、子供の二本か。ジーパンがなぜか寒々と感じます。 哲(作者) 近所のアパートの手すりに干してありましてね。本当は綿パンだったのですが、ジーパンの方が句として合いそうな気がしまして。           *        *  作者の言葉を聞いて「なんだ、そうなの」とがっかりした人がいたのではないか。まずジーパンではなかった。手すりに干されていたら、冬空に翻ることはない。読み手の描いた風景はあっけなく消えていく。  芭蕉や蕪村の頃は、句の全てがフィクションと言えるほどだったが、現代の句会はどうか。景色を詠めば「それ何処?」、幼児のことなら「お孫さん?」と問われてしまう。想像力を大きく羽搏かせるべき俳句という文芸が、ドキュメントになっていきそうだ。作者のコメントは“事実第一主義”への警告と捉えたい。(恂)

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