喉を過ぐ奥能登の牡蠣ほのあまし    須藤 光迷

喉を過ぐ奥能登の牡蠣ほのあまし    須藤 光迷 『おかめはちもく』   番町喜楽会(略称・番喜会)という句会には全国唯一と思われる“催し”がある。主宰者(水氏)が自作も含めた百数十句全てを講評、しかもそれを文にし(今句会は8ページ)、全員に配るのだ。作者不明の時点での講評だから、名手の作にも酷評があって、それが面白く、実にためになる。 掲句がその一つ。「過ぐ」は終止形、「過ぐる」としなければ、と説く。そして「字数を整えるために文法を無視するのはよくない、とし、「喉越しのほのあまきこと能登の牡蠣」の添削例を示した。作者は実力者の一人。私(恂)などは「彼の句では」と当欄への掲載をためらいそうだ。 しかし「水氏がやったのだから」と尻馬に乗り、私案を示したい。この句を見た時、「奥能登の」からスタートとしたいと思った。即ち上五を下五に移し「奥能登の牡蠣ほの甘し喉を過ぐ」とするのだ。番喜会の句会は遠慮なし、侃々諤々の論戦が特徴。この文は合評会の続きのつもりで書いた。(恂)

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