山荘の障子を貼りて鵙日和     池村 実千代

山荘の障子を貼りて鵙日和     池村 実千代 『おかめはちもく』  暑くもなく寒くもなく、気持の良い昼下がりに山荘の障子貼り。実にのんびりとした感じの良い句なのだが、やはり、「鵙日和」と「障子貼る」という秋の季語が一句の中で互いに頑張っているのがまずい。  一句の中に二つの季語が入っていても、どちらかに比重がかかって「主従の関係」を構築している場合は何の問題も無い。ただし、一句の中で二つの季語が同じくらいに目立つようだと、句の意味する所がぼやけてしまうので、そういう季重なりはやはり避けた方がいいと思う。  近ごろは障子の無い家さえ多く、「障子貼る」が季語であることを知らない人も多い。この句も、作者は鵙日和に誘われて一念発起障子貼りに取りかかった。それを季重ねとは気づかずに、素直に詠んだだけなのだろう。  これは「山荘の障子つくろふ鵙日和」とすれば、あからさまな季重なりから逃れられるのではないか。「障子貼ると同じじゃないか」と言われれば確かにそうなのだが、「つくろふ」で少々大人しくなり、季語としての働きが「鵙日和」の方に全面的に移行し、中々良い雰囲気の句になるのではないか。(水)

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