鵙の声いまだに聴かず樹々高し     井上 庄一郎

鵙の声いまだに聴かず樹々高し     井上 庄一郎 『この一句』  晩秋、あたりの景色の変化に気をつけている人なら、きっとこういう気持を抱くだろうなと思った。もう来そうなものだと毎日、庭の樹の梢や公園、散歩コースの木々を見上げているのだ。見上げる梢の先は「鵙日和」と言われる高々と澄み切った青空である。  鵙は大昔から日本にいる鳥なのだが、一年中平地に居る「留鳥」と、夏場は山地に居て涼しくなると平野に下りて来る「漂鳥」、さらには中国大陸に居て秋に渡って来る「候鳥(渡り鳥)」の三種類ある。遠距離の渡りをする鵙はもともとあまり多くは無かった。それに加えて、近ごろは都市化が進み里山が次々に姿を消したこともあって留鳥の鵙が非常に数を減らした。今や人里離れた高い山から下りて来る漂鳥の鵙が頼りなのだが、これも数を減らしている。  というわけで、昔なら住宅地の柿の木などにもよく来ては蛙やザリガニを突き刺した鵙を見かけることが、めっきり少なくなってしまった。この句はそうした人間による自然破壊のもたらした現状をあからさまに指弾するのではなく、読む者に自然に気づかせる働きを備えている。(水)

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