秋冷やぬる燗といふ選択肢     植村 博明

秋冷やぬる燗といふ選択肢     植村 博明  『合評会から』(日経俳句会)            而云 「選択肢」というのが面白い。夏だと冷酒、秋冷だとぬる燗。言われてみればそうですね。 水馬 酒飲みはいじましい。そこまで考えて飲みたいのかと可笑しくなった。 正裕 そうでしょうという感じ。酒飲みの歌ですね。「選択肢」という言葉は唐突感があって面白い。 双歩 あぁ、こういう手もあったか、と思わず唇を舐めました。 阿猿 私は冬でも冷酒が好きですが、こういう選択肢もあるのですね。         *             *  辞書によれば、正解を一つ選ぶためのいくつかの項目、その項目が選択肢なのだという。小学校以来の試験で数限りなく試されていたのに、「へぇ、あれが選択肢なの」と驚いてしまった。社会人なら誰もが会議などで「これらの選択肢から」と、もっともらしい顔で話をしていたはずである。  うすら寒い夕刻であった。夏から飲み続けてきた冷酒も時期外れとなってきたが、熱燗にはまだ早い。作者は「ぬる燗という選択肢も――」と呟いた。その語はごく自然に口から出て来たのだろう(恂)。

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山荘の障子を貼りて鵙日和     池村 実千代

山荘の障子を貼りて鵙日和     池村 実千代 『おかめはちもく』  暑くもなく寒くもなく、気持の良い昼下がりに山荘の障子貼り。実にのんびりとした感じの良い句なのだが、やはり、「鵙日和」と「障子貼る」という秋の季語が一句の中で互いに頑張っているのがまずい。  一句の中に二つの季語が入っていても、どちらかに比重がかかって「主従の関係」を構築している場合は何の問題も無い。ただし、一句の中で二つの季語が同じくらいに目立つようだと、句の意味する所がぼやけてしまうので、そういう季重なりはやはり避けた方がいいと思う。  近ごろは障子の無い家さえ多く、「障子貼る」が季語であることを知らない人も多い。この句も、作者は鵙日和に誘われて一念発起障子貼りに取りかかった。それを季重ねとは気づかずに、素直に詠んだだけなのだろう。  これは「山荘の障子つくろふ鵙日和」とすれば、あからさまな季重なりから逃れられるのではないか。「障子貼ると同じじゃないか」と言われれば確かにそうなのだが、「つくろふ」で少々大人しくなり、季語としての働きが「鵙日和」の方に全面的に移行し、中々良い雰囲気の句になるのではないか。(水)

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新築の免震神社鵙日和     大熊 万歩

新築の免震神社鵙日和     大熊 万歩 『この一句』  近ごろは檀家や氏子を沢山抱えた大都会の有名寺社か、中小都市でも由緒があり観光客を呼び寄せる力のある寺社、この二つを除くと、ほとんどの神社やお寺が経営に苦しんでいるのだという。というわけで跡継ぎはさっさと都会に出て帰って来ず、無住寺や神主の居ない神社がどんどん増えている。腐れかかった社殿を建て直すなど夢の又夢といった寺社が多いのだ。  その中で、この神社はなんと恵まれていることか。免震対策を施した社殿を新築したのだ。神主さんは笑いを噛み殺し厳かな顔を繕って、鵙日和の青空の下、御幣を勢い良く降って朗々と祝詞を上げている。頭を垂れて畏まっている氏子の代表達も満足そうだ。  建て替えた神社の御祓いを鵙日和の下に繰り広げるという光景はありきたりで、それだけではなかなか句にならない。そこを作者は「免震」などという今どきの言葉を見つけた。これと鵙日和とをうまく取り合わせて一句をものした。この機知に深く敬意を表する。(水)

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鵙の声いまだに聴かず樹々高し     井上 庄一郎

鵙の声いまだに聴かず樹々高し     井上 庄一郎 『この一句』  晩秋、あたりの景色の変化に気をつけている人なら、きっとこういう気持を抱くだろうなと思った。もう来そうなものだと毎日、庭の樹の梢や公園、散歩コースの木々を見上げているのだ。見上げる梢の先は「鵙日和」と言われる高々と澄み切った青空である。  鵙は大昔から日本にいる鳥なのだが、一年中平地に居る「留鳥」と、夏場は山地に居て涼しくなると平野に下りて来る「漂鳥」、さらには中国大陸に居て秋に渡って来る「候鳥(渡り鳥)」の三種類ある。遠距離の渡りをする鵙はもともとあまり多くは無かった。それに加えて、近ごろは都市化が進み里山が次々に姿を消したこともあって留鳥の鵙が非常に数を減らした。今や人里離れた高い山から下りて来る漂鳥の鵙が頼りなのだが、これも数を減らしている。  というわけで、昔なら住宅地の柿の木などにもよく来ては蛙やザリガニを突き刺した鵙を見かけることが、めっきり少なくなってしまった。この句はそうした人間による自然破壊のもたらした現状をあからさまに指弾するのではなく、読む者に自然に気づかせる働きを備えている。(水)

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