雲すこしありて生き生き今日の月    大澤 水牛

雲すこしありて生き生き今日の月    大澤 水牛    『この一句』  今年の中秋の名月・十五夜は十月四日だった。その夜の帰途、駅から自宅までの道々で空を見上げる人に何人も出会った。東京地方の予報は「見えないかも」というところだったが、結果はオーライ。流れゆく雲の間から満月が顔を出すと、人々の間から「オー」という歓声も生まれていた。  作者はその夜、自宅の物干し台に上り、二時間ほど月を眺めていたという。大徳利を傍らに置き、自製のぐい飲みで存分に飲む姿は、酒仙そのものだった、と想像する。そこで得たのが掲句。満月が雲に隠れてはまた顔を出す。「おっ、出たぞ」と見つめるたびに、新鮮な月の印象得たのである。  満天に雲無く、名月がただ一つ、というのも、もちろん悪くないが、物事はすべて「雲すこしありて」人々の共感を生む。雲から現れるたびに満月が「生き生き」と見えるのは万人共通の真理ではないだろうか。名句の条件の一つに「言われてみればその通り」があるという。この句が一例である。(恂)

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