妄念は今もそのまま水澄めり     片野 涸魚

妄念は今もそのまま水澄めり     片野 涸魚 『この一句』  「人間齢を重ねると枯れてきて、欲も得も無い明鏡止水の心境になるものだ」とよく言われる。しかし、自分が八〇歳の坂を越えてみると、それが全くのデタラメだということがよく分かる。確かに身体は言う事をきかなくなる。ところがそれに反比例するように、年を取れば取るほど邪念妄念が渦巻き盛り上がって来るのだ。  一方では寄る年波、昔は簡単に出来ていたことがすっと出来なくなって癇癪を起こしたりする。物忘れがひどくなる。相手の言うことがはっきり聞き取れないと、「こいつはなんで物をはっきり言わないのだ。バカなやつだ」と決めつけたりする。そして、時々我に返って老耄の為せる不様を反省し、どうすべきかを考えたりする。  このブログ「みんなの俳句」の画面にはサントリーとか協和発酵とか、図々しい会社がうさんくさい「若返り薬」の宣伝を勝手に載せる。そんな胡散臭い会社さえ、さすがに八〇歳代は相手にしない。それでもなおかつ人間という生臭い生き物は妄念を抱き続ける。澄み切った秋水をのぞき込みながら。(水)

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