終戦日疎開の寺に孫連れて    井上 啓一

終戦日疎開の寺に孫連れて    井上 啓一 『この一句』  句の作者は何回も、何十回も“疎開の地”を訪れていたに違いない。大学生の頃、社会人になってから、結婚した後も。やがて子供を連れて行った。そして今年の終戦日には孫といっしょに彼の地を訪れた。何のために? さまざまな意味を込めて「そこが疎開の地」であるからだろう。  第二次大戦の末期、米軍の激しい空襲に国民が逃げ惑っていた頃、「疎開」という語が広く一般化していた。大切な家財を安全な場所に移すのが「荷物疎開」。戦災の拡大を防ぐための家屋の撤去が「強制疎開」。小学校(国民学校)の生徒をまとめて農村に移すのが「学童疎開」であった。  作者の心にある「疎開」の語には、言い尽くせぬ戦争の悲惨さの中に、都会の学童を受け入れた地方の人々への感謝の気持ちも当然、含まれている。生き延びた少年の一人である作者は、この八月も疎開で過ごした寺を訪ねた。なぜ、孫を連れて行ったのか。理由を記す必要はないと思う(恂)

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