漁り火の身に入む旅や北の宿     前島 幻水

漁り火の身に入む旅や北の宿     前島 幻水 『おかめはちもく』  漁り火は旅愁をかき立て、物思いを誘う。万葉の時代から歌に詠まれてきた伝統的な歌材(句材)だ。この句は漁り火の点々と光る海岸線を走りながらの旅であろうか、まさに身に入む。  しかし、「北の宿」が問題だ。どうしたってあの都はるみの絶唱『北の宿から』(1975年、阿久悠作詩・小林亜星作曲)が浮かんで来て、甘ったるい感じになってしまうのだ。これがたとえば、「ああ、あの艶歌が流行ったのはもう40年も前なんだなあ」といった感慨を打ち出して身に入む様を詠むのならば、「北の宿」を置く必然性が生まれるし、また変わった味わいの句にもなろう。  「漁り火の身に入む旅や」というフレーズは、これまた少々甘酸っぱい感じがするものの、哀愁を帯びて、とてもいい。これを生かすには、作者が今いる場所(固有名詞)を大胆に置いた方がいい。函館、森、八雲、長万部、室蘭へと弧を描く、烏賊漁船の集魚灯が光る噴火湾(内浦湾)もいいだろう。北陸から東北海岸をひた走る夜汽車の窓からの日本海も素晴らしい。  (添削例)  漁り火の身に入む旅や日本海          (水)

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