ひきがえる親の代から顔見知り   大下 綾子

ひきがえる親の代から顔見知り   大下 綾子  『この一句』  ひきがえるは不気味で怖い。睨まれたら立ちすくむかも知れない。しかし何とはなしの愛嬌もあり、庭の隅などに見掛けると「おお、また来たか」と声を掛けたくなることもある。この大型蛙は十年も生きるそうで、年ごとに顔馴染となり、少しサイズが小さいのが現れると、去年のひきがえるの子供かな、と思ったりする。  句の作者はそんな一匹を見て「親の代から顔見知り」と詠んだ。「ウソかホントはどーでもよいこと。顔見知りとの一方的な断定が心地よい」(青水)、「戸建の古い家なら在り得る状況」(定利)などのコメントがあった。人間とひきがえるとの、おそらく何千年にも及ぶ付き合いを微笑ましく表現した一句、と言えよう。  実はここで、蟇、蟇蛙、蝦蟇、蟾蜍などの読みをクイズに出すつもりだったが、辞書・歳時記によって「蟇」も「蟇蛙」にも「ひきがえる・ひき」両用の読みがあるなど、非常にややこしい。「蟆」(ひき)の字もあり、お手上げとなった。表記は「ひきがえる」が正解、と思われる。(恂)

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