夏きざす裏山肥り野鳥燥ぐ    印南 進

夏きざす裏山肥り野鳥燥ぐ    印南 進 『季のことば』  句の「裏山肥(ふと)り」という語を見て、緑の少ない土地に住む者は、このように表現できない、と感じた。緑は日々増殖を続け、作者が自宅の裏窓から眺める山全体があたかも生き物のように肥っていくのだ。たまにこの地を訪れる者が見るのはあくまでも静止画であり、土地の人は言わば動画を眺めているのである。  ただし俳句のベテランには、この句に以下のような文句をつける人がいるかも知れない。歳時記を開けば緑、新樹、若葉、青葉、茂り、夏木立、万緑、そして緑陰、木下闇など、樹々に関する夏の季語が並んでいる。「裏山肥り」はこれらの季語と同義であり、「夏きざす」との季重なり的な表現と言えないこともない、と。  「野鳥燥ぐ」にも問題はありそうだ。野鳥を「トリ」と読ませ、「騒ぐ」ではなく「燥ぐ」と書くのは確かに煩わしい。しかしこれが地元の人の季節感なのだろう。句は鎌倉に住む作者の、仲間に向けた挨拶なのかもしれない。似た雰囲気の句を思い出した。「目には青葉山郭公(ほととぎす)はつ鰹」(素堂)である。(恂)

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林道の一瞬の香や朴の花     宇野木敦子

林道の一瞬の香や朴の花     宇野木敦子 『合評会から』(三四郎句会) 有弘 一瞬の香り、見上げれば白い花。瞬間を切り取って新鮮です。 賢一 林道を歩くと青臭い匂いばかりだが、その中に一瞬、花の香りがぱっと匂った。  而云 朴(ほお)は大木で白い大きな花が咲く。私は実際に嗅いだ記憶はないが、いい香りだそうです。木の花に気付かず通り過ぎる時、ふと朴の花の香りがしたのですね。 進 山歩きならではでしょう。車で通り過ぎたらこういう体験は出来ません。          *           *  作者は本年傘寿にして若々しく元気いっぱいの女性である。城を見歩く会の幹事を務めるなどで各地を旅行しており、そうした体験から得た一句に違いない。朴はかつて年賀状の版木や高下駄の歯など、木材としてお馴染だった。今では俳句の夏の季語・大きな真っ白の花で知られるくらいか。沈丁花やクチナシなど、香りの強い花木は都会にも多いし、低木なので香りにも気付きやすいが、朴のような高木の場合は気がつきにくい。作者はチャンスに恵まれたのだろうか。いや嗅覚と注意力の成果だと思う。(恂)

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牡丹抜き芋と替へたる悪夢かな     直井  正

牡丹抜き芋と替へたる悪夢かな     直井  正 『おかめはちもく』  この句を見た途端に昭和十八年頃が甦った。当時、我が家は横浜ガーデンという小動物園を配した植物園兼花卉販売業を行っていた。大きな温室が六棟連なり、洋蘭が華麗な花を咲かせ、背の高い中央温室にはバナナ、マンゴー、パパイヤなどが実っていた。もちろん無料で公開していたから、近郷近在の人たちの遊覧の場所になっていた。それが、太平洋戦争の激化で、「この非常時に花や熱帯果物とは何たることか」と、軍部とそのお先棒を担ぐ在郷軍人会とか何とか会とか、あれこれの人たちが居丈高に文句をつけて来て、横浜ガーデンはあえなく閉店ということになってしまった。花畑はすべて芋畑や麦や陸稲の新品種育成の実験場になった。無念やるかたないといった父の様子を今でも覚えている。  この句はまさにそれを詠んでくれている。ただ「芋と替へたる」がちょっと分かりにくい。もしかしたら牡丹の名木を抜いて、泣く泣くサツマイモと物々交換したとも解釈出来る。しかし、やはり素晴らしい牡丹を断腸の思いで抜き、芋畑にせざるを得なかったと取る方が自然で、印象も深まる。そうであれば、「芋を植えたる」と普通に言った方が良かったのではないかと思う。   牡丹抜き芋を植えたる悪夢かな          (水)

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遠き日の思ひ出よぎる夕薄暑     久保田 操

遠き日の思ひ出よぎる夕薄暑     久保田 操 『この一句』  薄暑は字の通り、あまりひどくない暑さ。五月中旬から六月初旬の、晴れて少し汗ばむほどの暑さを言う。ああやはり夏なのだと思わされる頃合いである。  日盛りの街を少し長歩きしたりすると、真夏と変わらないほど消耗することがあるから油断出来ない。それだけに夕方になって日差しが落ちるとほっとする。真夏と異なり、この時期の夕方の風はかなり涼しく、サマーカーディガンを羽織ったりする。そうしてベランダに腰掛けるひとときが実に心地良い。こういう時はビールだと少々忙しない。スコッチのオンザロックか、きりっと冷やした純米吟醸をゆっくり味わう。  この句はさしづめそういった情景での一句ではなかろうか。暮れなずんで来る中を、ただぼんやりと座っていると、いつの間にか昔のことが次々と浮かんでは消えてゆくのだ。この句の「遠き日の思ひ出」は、作者の心に刻み込まれた印象深いたった一つの思い出なのかもしれないが、夕薄暑の中で「よぎる」ということからすると、複数の思い出が回り灯籠のように・・・と解した方がいいかなと勝手に思った。(水)

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