春一番辞令に知らぬ名増えにけり     流合 研士郎

春一番辞令に知らぬ名増えにけり     流合 研士郎 『この一句』  春一番が吹く頃は人事異動の発令シーズンでもある。四月の年度替わりに合わせて人事異動を行う会社が多く、その内示と発表が三月に行われるのだ。外国や遠隔地への異動の場合はかなり前に知らされることもあるが、大概は春先突然にということになり、会社人間にとってはドキドキする時期である。  この句もそうした人事異動を詠んでいるのだが、異動当事者ではない人間の感懐を詠んだところが珍しい。異動発表資料にずらずら並んだ氏名の中に、顔を知らない人がずいぶん増えたなあと言っている。つまり、いつの間にか自分が年をとってしまったことに気が付かされたというわけである。日常の仕事で関係の無い部署の人間でも、年上や年の近い連中は大概分かる。しかし、ずっと後輩となるともう分からない。同じ社内の人間でありながら、そういう「見知らぬ人」が年々増えて来る。  「年々歳々」とか「馬齢」とか、そんな言葉が次々に浮かんで来て、しばし春一番にざわつく街路樹を見やっている。「台所」は俳句になるが「会社」は無理と言われるが、この句などなかなか味がある。(水)

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ふくらんで空へ空へと花こぶし     前島 幻水

ふくらんで空へ空へと花こぶし    前島 幻水 『合評会から』(番町喜楽会) てる夫 辛夷の勢いみたいなものが良くあらわれている句だと思います。 啓一 散歩する道に辛夷があり、毎日見ているので花の膨らんでいく変化がよくわかります。「空へ空へ」がそういう様子をうまく捉えています。 斗詩子 家の近くに「こぶし通り」があり、辛夷が蕾から青空に向かって花開いて行くのを目にしていて、まさにその通りだなと。 可升 「空へ空へ」のリフレインが非常に合っているなと思いました。 水馬 大きな辛夷の木が咲いているのを下から見上げている景がよく見えます。 満智 春の勢いが感じられるいい句ですね。 光迷 余計なことを言わずに「空へ空へ」としたことで伸びやかさがあります。           *       *       *  真っ青な空へ向かって花辛夷が掌を開くように真っ白に咲いて、輝いている。その様子がありありと浮かんで来る気持のいい句だ。三月の句会で大いに人気を集めた。(水)

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啓蟄の町に就活溢れ出る     大沢 反平

啓蟄の町に就活溢れ出る     大沢 反平 『合評会から』 而云 町には就活の人があふれ出ているが、啓蟄ととても合っている。 大虫 虫も生きるために穴からはい出してくる。就活生も生きるため街に出て活動する。うまく詠んでいる。 哲 啓蟄のころの大手町は就活の人たちがワット出てきますね。 阿猿 虫のような黒っぽい格好で就活の人たちがわらわらと出てくる。何となくおかしい。 青水 就活と云う新しい単語と巧く響き合っていて心地いい。 光迷 それぞれが希望の職に就けることを祈って・・。長時間残業などさせずに、温かく迎えましょう。 定利 就職活動の若者を虫とみているのが面白い。           *       *       *  大手町界隈はあちこちに地下鉄の出入口があって、そこから次々にリクルートスーツの若者が出て来る。「ぞろぞろ」とか「わさわさ」とか言わないのが良かった。(水)

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