掛け直す子どものふとん春浅し     高橋 ヲブラダ

掛け直す子どものふとん春浅し     高橋 ヲブラダ 『この一句』  優しい母親の姿が浮かんできて、誰もが「いい句だなあ」と思う佳句である。「子育てのころ私も布団をよく掛け直していました。母親の気持がよく出ています」(三代)、「昔々、団地の六畳に四人で寝ていたころ、掛け直していたのを思い出します」(二堂)と、句会ではジイサン、バアサンの別無く昔を懐かしんで取っていた。  「春浅し」季節は二月。外はまだ真冬の寒さだが、時に気圧配置の変化で三月から四月の気温になることがある。それに、室内はもちろん暖房完備。幼児は外気温の変化に対応しての体温調節がうまくはかれないのか、新陳代謝が活発過ぎるせいか、暑いとすぐに布団をはいでしまう。放っておけば、明け方の冷え込みに遭い、たちまち風邪を引く。若い母親、父親は気が気ではないのだ。  「泣き止まないから、アタマにきて振り回していたら息をしなくなった」などと供述する父親、母親が輩出する昨今、こういう句を見ると、涙が出るほど嬉しくなる。(水)

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浅春や鯉の尾動く神田川     植村 博明

浅春や鯉の尾動く神田川     植村 博明 『この一句』  三鷹市の井の頭池から流れ出し、中野区、新宿区、豊島区、文京区、千代田区を通って台東・中央・隅田三区の境界の両国橋袂で隅田川に流れ込む神田川。全長二十五キロ、暗渠部分が無く、すべて川面が見える、大都市を流れる川としては極めて珍しい存在だ。昔はこの川が江戸っ子を育てていたのだ。それだけに人々にこよなく愛され、俳句にも数多く詠まれてきた。  高度成長期には沿岸の飲食店や家庭排水などが流れ込み、どぶ川と化して悪臭を放っていた。その後、各所に下水処理場が出来て排水が直接流れ込まないようになり、徐々に水質が改善、今では鮎が遡上するまでになっている。かなり汚れた水でも生きて行ける鯉にとっては、今の神田川のように適当な栄養素が流れ込み、プランクトン豊富な「中程度の汚染」が一番合っているのかも知れない。時々、これが鯉かというような巨大なヤツが悠然としているのを見る。  大きな鯉がゆっくりと尾びれを動かしている。早春の淡い日射しが川面を照らす。都心に居ることを一瞬忘れてしまうような静けさである。「都会の静寂」を写した感じの良い句だ。(水)

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枝垂れてうつむきて咲く八重の梅     宇野木敦子

枝垂れてうつむきて咲く八重の梅     宇野木敦子   『おかめはちもく』  二月半ば、三四郎句会の熱海梅園吟行での一句である。園内には五十九品種、四百七十二本の梅の木。快晴、空も海も真っ青、早咲きは時折の風に梅花吹雪となり、中咲きは満開という絶好の梅見日和であった。ボランティアガイドの説明を受けながら、園内遊歩を一時間余り。  熱海・伊豆山の某社保養所で一句ごとに披講・選句・合評会を行うという、一風変わった句会を行なった。好天の中、しゃべり合い、笑い合いの吟行だから、果たして何人がしっかりと梅を見ていたのだろうか。この句には「梅花の重さを感じる」「写生の句だ」などの声が挙がった。  問題点が一つ提起された。「うつむきて咲く」の「咲く」である。花は咲くものと決まっている、わざわざ「咲く」と言わない方がいいのでは・・・、という意見。確かにその通りで、中七は「みなうつむきて」とした方がよさそうだ。「~て」「~て」の繰り返しも、いいリズムになっている。(恂)  添削例 枝垂れてみなうつむきて八重の梅

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春浅し金星の下に細き月     大平 睦子

春浅し金星の下に細き月     大平 睦子 『この一句』  金星の下に細い月――。いかにも「春浅し」の趣を持つ句である。この句を見て、私も見たい、と思い立った。月なんていつでも見られる、と踏んでいたのだが、すぐに容易でないことが分かった。月と太陽の動きは全然違うのだ。夜空を見上げれば月が出ている、なんて飛んだ思い違いだった。  ならば、とパソコンを開いた。国立天文台の情報があり、北海道から沖縄までの各地の日の出と日の入り、月の出と月の入りの時間などが一覧表になっている。よし、これで万全、と見当を付けた日は曇りだった。その翌日、つまり三月一日、東京は何と雨になってしまったのだ。  数日後のある句会の兼題に「朧(おぼろ)」が出ていた。私はすでに「朧月」の句を作っていたのだが、実際の朧月を見たわけではない。それどころかこの数年の春夏秋冬、「月」の句をたくさん詠んでいるが、すべて頭の中で作っていた。お月様は「私をよく見よ」と怒っているようである。(恂)

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子のついで母も処方の春の風邪     鈴木 好夫

子のついで母も処方の春の風邪     鈴木 好夫 『この一句』  作者は医師である。大きな病院の院長などの職を退かれた後、東京・神楽坂にこぢんまりとしたクリニックを開き、今日に至る。この句は、その診察室での様子なのだろう。お母さんが風邪をひいた幼い子供を連れて、やってきた。診察中、作者がふと気づけば、母親も風邪気味であった。  「お母さんも直しておかなければ・・・。処方箋を出しておきましょうか」。町のお医者さんなら、よくある風景だろう。句の作者・鈴木先生はいま、こういう診療をされていたのである。私はこの何年か、町の医院に行ったことがなかったので、懐かしい場面に出会ったような感じを受けた。  ところで私は当初、お母さんが風邪の子供を診てもらったついでに「私も」と医師にお願いし・・・、と解釈してしまった。この句会(日経句会)は最近、会員増で投句数は一八〇にも及んでいる。選句の際、読み飛ばす悪い癖が出て来たようだ。一句一句、気を抜かず、しっかりと目を通さねば! (恂)

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