顔ほどの肉饅立春中華街 大澤 水牛
顔ほどの肉饅立春中華街 大澤 水牛
『合評会から』(番町喜楽会)
双歩 ユーモラスですね。でかい顔の人がでかい肉饅を食べている。中華街の春節なのかな。「肉饅立春中華街」。とても調子が良くて、俳句の中になだれ込んでいくような、アジ演説みたいですね。
春陽子 雰囲気は分かるけど、これ三段切れ? 四段にも切れる。ぶつぶつした句じゃないですか?
正裕 「顔ほどの肉饅」「立春中華街」と切るのだと思いますが。
水牛 (作者)そうですね、しかし確かにぶつぶつの感もある。去年の今日(二月四日)、中華街の春節の句です。何しろ爆竹は鳴るし、人は多いし。にぎやかなんだ。
而云 「顔ほどの」がいい。実際はそれほど大きくないが、若い人が食べながら歩いているのかな。
水馬 太った人の顔って肉饅みたいですね。パワーがある句なのでいただきました。
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意味は「顔ほどの肉饅」で切れる。しかし調子を重視し「顔ほどの」で一拍、その後一気に「肉饅立春中華街」と行きたい。句に破調があれば、読み方に破調があっていい。何しろ爆竹の響く春節の中華街だ。(恂)