合戦の後雪何度目関ヶ原     高橋ヲブラダ

合戦の後雪何度目関ヶ原     高橋ヲブラダ 『おかめはちもく』  この時期、新幹線で東京から西へ向かうと(逆も同じ)突然、一面の雪景色になることがある。雪国に来たのか、と錯覚を起すほどだが、すぐに、そうか関ヶ原だったのか、と気づくのだ。天下分け目の決戦は西暦一六〇〇年。「するとあれから四百十七年」と歴史の流れに思いを馳せることになる。  日本列島の日本海側は雪が多く、太平洋側は好天気が続く頃だ。日本海から吹き込む湿った空気は山脈で遮られ、その南は一転して晴れとなるが、関ヶ原はその中間地帯。伊吹山沿いに湿った寒風が直接吹き込み、突然の雪原となる。この風景を見れば、合戦の頃から何度目、の思いも浮かんで来よう。  こうしてロマン豊かな一句が生まれたのだが、惜しいことにリズムがしっくりこない。「合戦の“後”」の読みは「あと」か「ご」なのか。漢字の連続も煩わしい。欠席投句なので、メール送信にミスがあったのかも知れない。ここは「合戦ののち」と字余りにし、「雪いくたびぞ」と続けたいところである。  添削例 合戦ののち雪いくたびぞ関ヶ原  (恂)

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雪睨む伍長の像や八甲田     谷川 水馬

雪睨む伍長の像や八甲田     谷川 水馬 『この一句』 一九〇二年、青森八甲田山中で起きた雪中行軍の悲劇を今に伝える像を詠んでいる。ロシア軍との交戦を想定しての演習などとされるが、豪雪のため行軍に参加した二一〇人中、一九九人が死亡という悲劇に終わった。像の主は雪中に立ち尽くしたまま、仮死状態で救出された後藤房之助伍長である。 兼題の「雪」を詠むのにあの像をもってきたか、とある種の感動を催した。ただしこの事件は百十五年前のこと。映画「八甲田山」(高倉健ら主演)が大きな話題を呼んだのは、ちょうど四十年前だった。今では八甲田死の行軍を知る人は少なくなったはずで、句の評価も人によって違っていいただろう。  私は実物の像や、映画を観ていたので、この句を見た時はドキリとした。八甲田へ行ったのは秋の頃で、もちろん雪はなかった。しかし辺りの風景を思い返すと、雪があったような気がしてくるのが不思議だ。伍長は完全に雪に埋もれていたとか、雪から顔が出て目が動いていた、などと言われている。(恂)

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獅子頭はずして乙女笑顔見せ     竹居 照芳

獅子頭はずして乙女笑顔見せ     竹居 照芳 『合評会から』(三四郎句会) 賢一 お正月らしい明るい句だ。獅子舞は男性のものと思っていたが、確かにこういう場合もある。獅子頭を脱いだら若い女性が出てきたとは・・・。意外性があります。 尚弘 まったく同感だ。若い女性が現れて、あたりが明るくなった感じがしました。 論 いかつい男性と思いきや、うら若き乙女へ、ですからね。 久敬 獅子頭は鬼のようでしょう。そこから若い女性が出てくるというのも面白い。 敦子 本当にそうです。獅子舞は威勢のいい男性がやるものとばかり思っていました。 崇 微笑ましい逆転ですね。            *           *         *  当欄はブログの特徴を生かし、“出来たて”の句をすかざず載せているが、正月に限ってままならない。新年句会はおおよそ一月半ばだから、掲載のタイミングが合わず、多くは翌年回しとなる。つまりこのところ掲載句は、昨年の正月に詠まれたもの。新年の雰囲気をお伝えするための舞台裏を紹介した。(恂)

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急かされてエプロンはずし初詣     池村実千代

急かされてエプロンはずし初詣     池村実千代 『この一句』  十二月末から正月の三が日あたりまで、一家の主婦の働きぶりには目を見張るものがある。十二月の半ば頃から、野菜類の値段を調べているという。家計を預かる立場として十円単位まで気を配り、保存の効くものは早めに買っておく。そんな言葉の端々に尋常ではない時期の到来を感じさせる。  あれやこれやの買い物に、大掃除、お墓参りと、目の回るような年末を過ごし、新年を迎えれば、さらなる忙しさが待っている。この句、男たちが酔眼朦朧の頃、孫たちが「お祖母ちゃん、早く、早く、初詣に」と呼んでいるのだ。「急かされてエプロンはずし」は、てんてこ舞いの状況を実によく表している。  かつて一月十五日を中心とする数日間は「女正月(小正月)」だった。正月に忙しく働いていた女性たちの骨休めの期間だったのだが、いまそんな風習の残る地域があるのだろうか。句仲間の女性の静かな言葉を伝えたい。「一日でもいいから、女正月の制度化を望みます」。彼女は“兼業主婦”であった。(恂)

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初茜スカイツリーを遠望す    和泉田 守

初茜スカイツリーを遠望す    和泉田 守 『この一句』  スカイツリー竣工からはや五年。当初は一般の人気と相俟って、俳句にも大いにもてはやされた。中国語訳による「天空樹」などの名も得て、新年の句では富士と並ぶほどの存在になった。しかし近年はさすがに飽きられたか「スカイツリー」の文字を見ただけで選句の対照から外す人もいるという。  とは言え六三四辰箸いΑ崟こ最高のタワー」である。常磐線や東部電車などで東京方面に向かう時は、遥かなランドマークが刻々と間近になってくるので、ついつい見入ってしまう。俳句ではやがて物珍しさから脱却し、当たり前に存在する素晴らしいタワーとして詠まれるようになるに違いない。  この句は初詣に行く途中、ふと西の方向を眺め、しばし立ち止まった時に生れたように思われる。例えば利根川、荒川など大きな河川の堤防の上を歩きながら、西の空を眺めれば、このように見えるのではないか。「初茜」と「遠望す」という語によって、大都会の新年の夜明けを大きく詠み切っている。(恂)

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