マイガーデン泥ねぎ寄せて鍬仕舞う   印南 進

マイガーデン泥ねぎ寄せて鍬仕舞う   印南 進 『合評会から』(三四郎句会) 久敬 マイガーデンが洒落ている。泥葱を寄せて一個所に集めているのでしょう。 雅博 この句は、マイガーデンの響きのよさですね。 正義 泥つき葱を買ってきて、庭に畝を作って活けているのかな。 敦子 泥つき葱を一個所に寄せ、土を被せておくのでしょう。そうやって保存しておくのですね。          *       *  「マイガーデン」という洒落た現代的な言葉から、食うや食わずの時代を思い出した。敗戦後間もない頃、歳が押し詰まってくると、近隣の家々では庭の片隅を耕し、泥つきの葱や大根などを「活けて」いた。辞書によると「活ける」は「埋ける」とも書くそうだが、こんな語はもう、ほとんど見聞きすることがない。  句に触発されて「やってみるか」と思ったが、近所のスーパーに並ぶ葱は真っ白で、すべすべで、根の上で切られている。それより何より、我家の小庭には葱を活ける余地がなさそうだ。古い歳時記に「鍬納」(冬)という季語が載っていた。作者は葱をマイガーデンに活けて、今年の庭作業を終えたのだろう。(恂)

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秋の陽と雲切り取りし水たまり     深瀬 久敬

『おかめはちもく』  秋の陽と雲切り取りし水たまり     深瀬 久敬  三四郎句会の十一月例会合評会ではこの句について以下のようなやり取りがあったという。 有弘 絵画的というか、レンズの目で詠んだ句ですね。 照芳 水たまりに秋の雲。本当かなと思う部分もあるが、上手い表現。 雅博 「切り取る」がいいですね。 賢一 水たまりの中に空を切り取るという、このセンスにあやかりたい。 尚弘 水たまりの様子をうまく詠んでいる。観察眼が生きています。 而云 水たまりに陽が映るとまぶしそうだ。「秋空の」の方がいいかな。           *       *       *  晩秋の雨上がり。身も心も晴れ晴れするような景色をすっと詠んだ、気持の良い句である。ただ、月と違って太陽はきらきら反射するばかりで、水面には映らないのではないか。映っているのは秋空をバックにした白雲であろう。俳句は理屈通りに詠む必要はないのだが、やはり理に叶うように詠んだ方が読者の胸に素直に入る。私もここは而云氏に同感。  (添削例) 秋空の雲切り取りし水たまり  (水)

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鰤の口真一文字の覚悟かな     久保田 操

鰤の口真一文字の覚悟かな     久保田 操 『合評会から』(酔吟会) 睦子 鰤は美しいですね。男っぽい魚だと思っているんですが。これはまな板の鰤ですね。口が真一文字でぎゅっとしまっている。かっこいい句です。 臣弘 近江町市場の見世物ですか?鰤の解体。切られる前のにらみ合いでしょうか。「真一文字」にその覚悟がよく表現されていると思います。           *       *       *  なんと言っても「真一文字の覚悟かな」という措辞がいい。鰤の精悍な顔立ちが浮かんで来る。マグロは大きすぎて、それに、まん丸のギョロ目玉が少し滑稽な感じがするけれど、鰤はかっこいい。  天然ものの鰤で体長一メートルを越すのは実に迫力がある。背中は黒味がかった青色、腹部は銀白色に輝き、鰓の所から尾びれの方に黄色の帯が走る。全身むっちり太って弾けそうだ。臣弘さんが言うように金沢の近江町(おみちょう)市場には能登半島一帯で上がる本場の鰤が並ぶ。口を真一文字に引き結んだ鰤が大見得を切っている。(水)

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