好天の秋の日をただ床に臥す     藤野 十三妹

好天の秋の日をただ床に臥す       藤野 十三妹 『この一句』  風邪をこじらせたのだろうか。あるいはギックリ腰といった運動機能にかかわる器官の故障か。それとも長患いに取り付かれてしまったのか。齢を重ねるとこうした句はまさに身につまされる。  俳句の伝統に従って無造作に読み下すと、この句は「好天の秋の日をただ」と上五中七で小休止し、「床に臥す」となるのだが、句意からすれば、「好天の秋の日を」と詠み「ただ床に臥す」とつなげた、二行からなる句と捉えた方がいい。全体としては十五音だが、いわゆる「句またがり」の破調である。山頭火流といったところか。  天高く馬肥ゆる秋というのに、なんたることだろう。魅力的な吟行も旅行会も、親しい友達との久しぶりの銀ブラも断わらざるを得なかった。「いっそのことじゃじゃ降りになってしまえ。くやしいくやしい」という作者の顔が見えるようだ。  しかしこの句は何度か読み返していると、「くやしさ」を通り越しての安心立命といった平静な気配が漂う。「こうしているのも因果応報」と呟く作者のユーモア精神さえ感じる。「ただ」という短い言葉にその秘密があるのかもしれない。味のある句だなあと思う。(水)

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