酉の市巫女の英語の達者なる     岡田 臣弘

酉の市巫女の英語の達者なる     岡田 臣弘 『合評会から』(日経俳句会) てる夫 とても目立つ句。英語をしゃべる巫女を発見した作者に栄誉を。 反平 どうということはないのだが、時事句としていい句だ。 悌志郎 熊手を売る巫女が英語で説明するなんて昔ではあり得なかった。 昌魚 日本の伝統行事で、英語を話す巫女というのは面白い。 智宥 英語を話す巫女を見たというのは、幸運に立ち会ったことだと思う。 而云 巫女は本殿に居るので近づけないんじゃないかと思ったが、まあそんな疑問は吹き飛ばす面白い情景だ。 冷峰 訪日外国人観光客二千万人。巫女さんまでが英語を話すとは。 十三妹 巣鴨ですら外国人が多くなった。巫女と英語。楽しいし面白い。           *       *       *  作者によれば、これは新宿・花園神社だそうである。すごいラッシュの中、恐らくアルバイトと思われる若い巫女さんがハンドマイクで「アテンションプリーズ…」とやっていたという。今風な光景を捉えたところがお手柄と、参加三十四名中十一名が採り、この日の句会の断然一位。(水)

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納豆を分けて施設の老夫婦     深田 森太郎

納豆を分けて施設の老夫婦     深田 森太郎 『この一句』  揃って健康で八〇歳を超える夫婦が珍しくない昨今、老夫婦の暮らし方にも変化が現れている。長く住んできた家はすっかり古くなり、修繕の手間と費用ばかりかかるようになった。息子娘は既にそれぞれの家庭を築いている。ということで、それを売り払い、売却代金で有料老人ホームの夫婦二人部屋に入る人が多くなったという。高齢者用マンションというのもある。これもいざという時の看護師や食事サービス付きというのもある。  この句の老夫婦もそういった施設に入居しているのだろう。それなりにまとまった入居一時金を払えば、毎月の入居費は年金でまかなえるし、私用の金は貯金の切り崩しで死ぬまでなんとかなりそうだ。かなり手狭ではあるが、三食付きで、ヘルパーさんや医師の定期検診などもあって安心だ。  ただ、お仕着せの食事に飽きが来るのが問題。そこで時々は散歩がてら買って来るものを食べる。久しぶりに納豆御飯もいいね、ということで買って来た。けれど他のおかずもあるし、半分ずつ分けましょうかと。老夫婦の小春の朝餉、現代の偕老同穴風景をさりげなく描き出した。(水)

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名にひかれだだちゃ納豆まとめ買い     大平 睦子

名にひかれだだちゃ納豆まとめ買い     大平 睦子 『この一句』  気取らない納豆の雰囲気がよく出ている。近ごろ、ヨーグルトをはじめ発酵食品が人気を呼んでいるが、納豆もその横綱格で、昔は納豆など見向きもしなかった関西人までが食べるようになった。それにつれてメーカーは続々新商品を開発して売上げを競う。スーパーやデパ地下の食品売場には一個三、四十円のものから三百円もするものまで、何十種類も並んでいる。  この「だだちゃ納豆」もその一つだろう。山形・庄内地方特産の枝豆に「だだちゃ豆」というのがあるが、その大豆で作った納豆なのか。だだちゃ豆人気にあやかって単に庄内方言を用いただけなのか。とにかく作者はその名前が面白くて、ついついいくつも買ってしまったというのである。“ブランド納豆”というわけで、特売納豆の何倍もするのだろう。しかし高いとは言っても「まとめ買い」できるところが、また、納豆のいい所で、そんな面白さも感じられる句だ。  俳句の伝統表記法から言えば、旧仮名で「まとめ買ひ」とすべきなのだろうが、こういった日常生活句の面白味を生かすには現代仮名遣いの方がいいようだ。(水)

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しぐるるや不機嫌がゐる台所     大沢 反平

しぐるるや不機嫌がゐる台所     大沢 反平 『合評会から』(酔吟会) 操 「しぐるるや」と「不機嫌」の取り合わせが面白いですね。 涸魚 そう、「不機嫌がゐる」とは実に面白い言葉遣いだ。 百子 「しぐるる」時期になると、滅入ってくることがあります。「なんで毎日ご飯作らなきゃならないの」と(笑)。そんな姿を冷静に見つめている夫。一体何考えてるんでしょうか(大笑い)。 臣弘 夫婦喧嘩の後ですかね。不機嫌に台所へ。うちのとそっくり。(爆笑) 春陽子 妻が留守で、台所に行ったら何もない。仕方ない外食でもと外を見ると時雨てきた。不機嫌は夫の方かも・・。 而云 いや、やっぱり奥さんだろう。とにかく「不機嫌がゐる」はうまい。 てる夫 不機嫌の理由は「時雨」なんでしょう。(前の百子夫人の発言を受けて)毎日ご飯作るのが嫌というわけではない(笑)。           *       *       *  「不機嫌」という生きものを拵えちゃった。すごいなァということで、参加者十三人中八人が採っちゃった。(水)

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葱下げて背広姿で急ぎ足     田村 豊生

葱下げて背広姿で急ぎ足     田村 豊生 『おかめはちもく』  上五を見て「葱買(う)て枯木の中を帰りけり」(蕪村)を思ったが、両句で重なるのは「葱」の一字だけだった。「背広姿」の句から浮かぶのは、典型的な現代サラリーマンの姿である。男性はダークスーツにネクタイを締めているのだろう。独身か、単身赴任か、奥さんが病気なのかも知れない。  いい句だと思う。しかし「背広姿で」の「で」が気になった。俳句を長くやっておられる方なら、大半が私と同じように、「で」を問題視するのではないだろうか。ならばどう直したらいいのか。答えはもちろん簡単。以下のように、「で」を「の」に替えるだけでいい。「葱下げて背広姿の急ぎ足」(添削例)  俳句はたったの十七音だから、一字の響きが一句全体に関わってくる。滑らかな口調を重視し、「が」「で」「ば」など濁音の助詞の使用は避けるべきだろう。作者は八十歳前後から俳句を始めて、経験はまだ浅い。素晴らしいセンスを持っておられるのだが、この句の場合は細かい所まで注意が及んでいなかった。(恂)

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葱だけが背のびをしたりレジ袋     石黒 賢一

葱だけが背のびをしたりレジ袋     石黒 賢一 『合評会から』(三四郎句会) 有弘 レジ袋から葱が二、三本飛び出している。当たり前のことだが、そこが面白い。 信 私も買い物に行きますが、葱だけはレジ袋から出てしまう。半分に切ってくれる店もありますが。 崇 私も妻を介護しているので、日々スーパーに行っています。葱の束は必ずこうなってしまいますね。類想のありそうな句だが、ないかも知れない。 進 日常の風景をよく捉えている。日常過ぎる感じもありますが。             *          *  俳句における擬人法は両刃の剣である。分かり易く、面白い表現法なのだが、子供っぽくなり、いやらしくもなりがちだ。正岡子規は「月並俳句」を陳腐卑俗と批判し、その擬人法を否定している。しかし「擬人法は必ずしも悪くない」とも言っており、上手に使えば許される、というのが子規の本意だと思う。この句の“葱の背のび”は、まさに擬人法だ。機知に富む表現だが、「お花が笑った」的な幼さを嫌う人がいるかも知れない。擬人法には句を作る側と読む側の、双方のセンスが絡み合っているようである。(恂)

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十一月アメ横はやも啖呵売     岡本 崇

十一月アメ横はやも啖呵売     岡本 崇 『この一句』  [ 「十一月」が三四郎句会十一月例会の兼題になった。難しい季語だけに、どんな句が出てくるかと注目していたが、例えばこの句など「上手いもんだ」と思う。JR山手線・上野、御徒町のガード下を中心に広がる「アメ横」商店街の雰囲気を巧みに伝え、ベテランに相応しい詠みっぷりを披露している。  「啖呵売」は「たんかばい」と読む。この世界に詳しい人によると、北九州市・門司港のバナナのたたき売りが元来のスタイル。同港は明治時代から輸入バナナの荷揚げ・保存の基地で、傷み始めたバナナを早めに処分するために、独特の口上による威勢のいい売り方が出来上がったという。  やがて各地の祭や縁日でおなじみになり、映画「寅さん」でさらに広く知れ渡る。アメ横の売り方も、なるほど「啖呵売」の流れだ。大勢の客を集めるのは、やはり客の心理を掴んだ巧みな売り手のいる店である。あたりには早くも歳末、の雰囲気が漂っているのだろう。即ち、アメ横の十一月である。(恂)

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枯葉踏み又踏み幼児したり顔     竹居 照芳

枯葉踏み又踏み幼児したり顔     竹居 照芳 『合評会から』(三四郎句会) 久敬 枯葉を踏んで歩く子供の気持ちを汲み取っている。 信 枯葉は乾いているので踏むとパリッと粉々になるような音がする。幼児は得意げにお母さんの顔を見る。「ドヤ顔」ですよ。 雅博 音が聞こえてくるような句です。 賢一 「枯葉踏み又踏み」がいいですね。 有弘 「したり顔」がいいのかどうか、ちょっと気になったが。           *       *       *  「したり顔」には「してやったり」という誇らしげな、少々小賢しい感じがするので、有弘氏は首をひねったのではなかろうか。しかし、幼稚園くらいの子供は、何の気なしにやったことが思わぬ効果を現すと、よくこんな手柄顔をするものだ。落葉を踏みしだくと、思っても見なかった乾いた軽い音がするので、これでもかとばかりに踏んづけては「どうだ」と見得を切る。四、五歳の子どもの行動をよく見て、生き生きと描き出した。(水)

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深谷葱箱ごと背負う老婆かな     石丸 雅博

深谷葱箱ごと背負う老婆かな     石丸 雅博 『合評会から』(三四郎句会) 敦子 昔、千葉からおばさんが野菜を担いで売りに来て。そんな風景を思い出しました。 照芳 深谷葱だから、千葉ではなさそうだ。私は箱ごと買って帰る葱好きのお婆さんを想像しましたが。 崇 「箱ごと背負う」がいい。 信 葱やジャガイモとかを売っているのか。老婆と泥臭さがマッチしている。 賢一 私は夕暮の農家を想像した。深谷葱の重い箱を担いでいるんですね。 而云 私は夫と二人暮らしの老婆が、まとめて買って帰るのかと思いました。           *       *       *  埼玉県深谷の葱は太くて白い部分が長く、甘味があって実に美味いと葱好きは云う。一本でもずしりとくる。これが十数本入った箱ともなるとかなり重い。作者によると、箱ごと買って担いで帰った元気なお婆さんだという。寒い日には何よりの根深汁、おじいさんの好きな焼き葱、ぬた・・恐らくこの家の食膳は当分葱づくしになるのだろう。(水)

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陽を映す十一月の障子かな     宇佐美 諭

陽を映す十一月の障子かな     宇佐美 諭 『合評会から』(三四郎句会) 有弘 何気ない句、気持のいい句、と言うのかなぁ。 信 この頃の太陽の位置は冬至に向かってだんだん低くなって来る。そんな頃だから、陽射しが柔らかくなり、部屋の中まで射し込んでくる。十一月にぴったりの句ですね。 雅博 秋から冬にかけてですね。庭の樹が影絵のように映っているのかな。 尚弘 障子に温かみが感じられる。この感じ、三月でも十月でもない。まさに十一月だ。 諭(作者) 我が家は一階の私の部屋だけが畳で障子もある。実感を句にしました。          *            *  「十一月」という難しい兼題に挑戦したこの句会。初心者から中級クラスの人が混じり合っているので「障子」が冬の季語と知って、大半の人が「へぇ」と驚いていた。時々「季重なり」が問題になるのだが、「必要であれば避けなくてもいい」という決まりになっている。この句の場合、作者はもともと季重なりとは知らなかった。もし気付いていたら、「障子を別の語に代えるかどうか」と悩んだかも知れない。(恂)

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