名を忘れところも忘れ花野行く     池内 健治

名を忘れところも忘れ花野行く     池内 健治 『この一句』  不思議な、気にせざるを得ない句であった。名を忘れ、ところも忘れ、という花野はあり得るだろう。しかしその花野を「行く」とはどういうことか。夢の中のことか。認知症の老人が自分の名を忘れ、住所も忘れて、というのか。作者に確かめてみたら「どう説明したらいいか」と迷っている様子。  大学や学会などの要職から解放された作者はいま、人生の行く末を思うことがあるらしい。身近な年長者に接するにつけ「いずれは自分も」と考えてしまう。句会の兼題「花野」から「リア王」の翻案・黒沢監督の「乱」が浮かんできたという。自分の名さえ忘れ、荒野をさまよう元城主の行く末である。  この句は「我が心の花野」を詠んだ、と言うべきだろう。しかし「みんなの花野」ではない、とも言い切れない。理屈に合わない面もあるのだが、その矛盾によって読み手を思考の迷路に誘っていくのだ。句会で一票を投じた人がいた。どのような評価だったのか、その人に聞いてみたいと思っている。(恂)

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