神田川ゆっくり流れ秋の声     高橋 ヲブラダ

神田川ゆっくり流れ秋の声     高橋 ヲブラダ 『この一句』  神田川は東京都三鷹市の井の頭池を源流に両国橋近くで隅田川に流れ込む一級河川。室町時代太田道灌が江戸城を築いた頃は平川と呼ばれ、現在の飯田橋駅付近から日本橋川や内濠あたりを流れ、日比谷の海に流れ込んでいた。しばしば大洪水を起こし、今の丸の内、大手町あたりは入り江や湿地帯だった。徳川家康が江戸再開発を行い、秀忠の代にかけて神田山を二つに割り湯島と駿河台に分け神田川を通し、平川は堀割を作って日本橋川とした。神田川の水を日本橋一帯に供給する公共水道(水道橋)を作り、世界最大都市江戸の礎を築いた。  神田川は高度成長期には悪臭を放つほど汚れたが、今はかなり浄化され鯉や鮒が棲み鮎まで上って来るようになった。治水対策などで水量が減り、川としては貧相になっているが、飯田橋の日本橋川分岐点から隅田河畔の柳橋近辺になると、さすがに大きくなり、ゆったりとした流れになる。  この両岸の町々は江戸時代から明治、大正、昭和、平成と、日本という国の栄枯盛衰を担い、浮き沈みを繰り返してきた。川岸に佇めばそれがいろいろな声となり聞こえてくるようだ。(水)

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就活の朗報待たん秋日和     和泉田 守

就活の朗報待たん秋日和     和泉田 守 『季のことば』  「就活」とは就職活動を縮めた言葉である、という説明が今では全く不要な、一般名詞になっている。「ブカツ」(クラブ活動)同様に学生にとっては勉強よりもずっと大事な活動だから、いつの間にか日本国中に行き渡った。  若者とヤクザは昔からこうした短縮形や合言葉を好み、時には仲間内にしか分からない言葉(隠語)を発明する。私が新聞記者に成り立ての昭和36年頃、「ヤバイ」という言葉はヤクザやうさんくさい連中が用いていた隠語だった。それが今や可愛らしい女学生までが口にする。しかもその意味合いには、「まずい、危険だ」という本意に加え、「すごい、素晴らしい」のニュアンスがある。  こうした例を挙げるまでもなく、言葉は時々刻々変化して行く。個人的にはその風潮に逆艪を噛ませたい気持なのだが、時代の流れには逆らえない。「就活」や「デパ地下」には黙って従うよりなさそうだ。  この句、わが子か、可愛がっている親戚の子かの就活結果を心待ちにしている。「秋日和」という季語の感じからすると、かなり感触は良さそうだ。(水)

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草千里地震にそよげる尾花かな     直井 正

草千里地震にそよぐ尾花かな     直井 正 『おかめはちもく』  NPO法人双牛舎と関わりを持つ日経俳句会など四句会では選句・披講の際、作者は名乗らないのが慣わしだ。合評会で自由に意見を述べ合うためで、後で作者が分かってから「すみません」と謝ったりする。この句の作者は先輩なのだが、「地震」の読みに問題ありと見て、本欄に登場頂くことにした。  「草千里」は阿蘇山の火口跡の広大な草地だ。句は熊本地震によって尾花(芒・薄)が揺れた状況を詠んでいる。「地震」の読みは「ない(なゐ)」なのだろう。しかし一般の人は「じしん」と読むに違いない。時事句でもあり、すなおに「地震(じしん)にそよぐ」とすべきではないだろうか。  添削はここで終了。あとは個人的、趣味的な直しを付け加えたい。「そよぐ」を漢字で書けば「戦ぐ」となる。さらに「戦く」とすれば「おののく」「わななく」と読む。そこで「草千里すすき戦く震度四」。「戦く」にはどちらかのルビを振るのだが・・・。またしても直し過ぎの癖が出てしまった。すみません。(恂)

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目に見えぬ傷の疼きや花芒     水口 弥生

目に見えぬ傷の疼きや花芒     水口 弥生 『この一句』  ススキの葉は切れ味のいい刃物と同じ造りになっているという。葉の周囲の組織は非常に硬く、薄く、顕微鏡で見ればギザギザになっているのだ。うっかり葉を握り、引っ張ったりすると、指がスパッと切れてしまう。おや、と思って指先を見たら、細長い傷跡から、赤い血がぷつぷつと湧いて来たりして。  この句、下五を「花芒」とし、柔らかな、優しいムードで締めくくっているが、別の本意が潜んでいるに違いない。「目に見えぬ傷の疼き」は、言葉を変えれば「心の傷の疼き」なのだろう。子供の頃か若い頃の甘酸っぱい体験が底辺にあるはずで、それこそがこの句のテーマ、と解釈することにした。  歌曲「野ばら」(ゲーテ作詞)の一節が浮かぶ。野ばらは、折ろうとする少年にこう告げるのだ。「手折らば手折れ 思い出ぐさに 君を刺さん」(近藤朔風訳)。折るなら折りなさい、私は思い出のために、あなたを棘で刺しますよ・・・。何十年も前、そんなことがあったなぁ、と回顧する人もいそうである。(恂)

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