顔知らぬバーバの墓参に孫連れて    渡邉 信

顔知らぬバーバの墓参に孫連れて    渡邉 信 「おかめはちもく」 顔知らぬばーば墓参の孫二人      渡邉 信  孫たちは祖母の顔を知らない。生まれる前か、二三歳のうちに亡くなられたのだろう。しかし祖父や両親は孫たちに祖母のことをよく話しているのだ。仏壇の前では「ばーばにご挨拶しなさい」と教え、お墓参りに行けば墓石の清掃を手伝わせ、花を供えさせて、「ばーばが喜んでいるよ」などと伝えている。  そんな墓参を詠んだこの句、意味は分かるのだが、主語と述語の関係が入れ違っている。祖母の顔を知らないのは孫で、その孫を「私(作者・祖父)」が連れて墓参に行った、ということである。このような場合の基本は俳句も通常の文章も同じこと。孫を主体とし、「私」は蔭に隠れていた方がいい。  仮に孫が二人と想定して、「ばーば墓参の孫二人」とした。原句は「バーバ」と片仮名表記だが、平仮名の柔らかさを尊重したい。正解はもちろん添削例に限らない。「ばーばの墓参に孫二人」と字余りにしても許されそうだし、「祖母の墓参や」としてもよさそうだ。この辺は好みの問題だろうか。(恂)

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瀬戸の海静かな一日墓参り     石丸 雅博

瀬戸の海静かな一日墓参り     石丸 雅博 『合評会から』(三四郎句会から) 敦子 瀬戸内海の静かな海を思い出しました。秋彼岸の頃の瀬戸内ですね。 尚弘 私は瀬戸内海沿いに二年ほど勤務していました。この句に墓参りの時期を感じます。 正義 波静かな日の墓参り。穏やかな感じがよく出ていると思う。 雅博(作者) 祖父母が大津島の出で、墓もあります。戦時中は回天(人間魚雷)の基地でした。 而云 先祖は瀬戸の水軍ですか。 雅博 まあ、海賊とも言われますが。               *            *  瀬戸内海は鳴戸の渦潮のイメージが強く、波立つ、渦巻く海を想像してしまうのだが、内海だけに穏やかな日が多いようである。句を選んだ人はこの沿岸に住んだり、何度か旅行した人であった。芭蕉は言う。「東海道の一すじもしらぬ人、風雅におぼつかなし」。その通りだろうが、東海道だけでは明らかに不足である。私などはこの句を見て、「へぇ、瀬戸内海って静かなの」と思ってしまったのだ。(恂)

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父母に老いの報告墓参り     深瀬 久敬

父母に老いの報告墓参り     深瀬 久敬 『この一句』  父母はいつまで親なのだろうか。父も母も生きている間は、この世の普通の親だが、たとえ亡くなった後でも親でいてくれる。仏壇の中で、墓の中で、あるいは心の中で。このような思いは人類共通のようだが、その中でも特に生々しく、現実感を伴っているのが、日本人の特徴らしい。  ある知人の場合、お盆では北陸の父の生家を訪ね、先祖代々の墓に詣でる。その一カ月ほど後の彼岸では、東京近郊にある父母の墓へのお参りが慣わしだという。お盆の時、亡き父も父祖の地に来ていると感じるそうだ。「お母さんは?」と聞いたら「来ていないような気がするなぁ」とのことだった。  句の作者は、ご両親の故郷にあった墓を、二十年ほど前に東京に移したそうである。父上が亡くなったのは四十年も前のこと。彼の年齢は既に父の享年を超えているのかも知れないが、いつまでも親は親。今は家から歩いて行ける父母の墓に向かい「私も年を取りました」と話しかけているのである。(恂)

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妻の背を流すがごとく墓洗ふ     田村 豊生

妻の背を流すがごとく墓洗ふ     田村 豊生 『合評会から』(三四郎句会) 賢一 墓を洗いながら、亡くなった奥さんを思い出している。スベスベした石の肌触りなのだろう。 雅博 こういう気持ちになれたいいですね。いい夫婦だったのだと思います。 諭 私はこんな風に墓を洗ったことがない。丁寧に愛しむ感じがよく分かる。あやかりたいものだ。 照芳 すらっと読めて、墓を洗う夫の気持ちが伝わってきます。 崇 自分に引きつけて詠んで、奥さんへの心情を吐露している。 而云 「ごとく」を使わないで、こう詠めたらもっとよかった。            *               *  墓石の正面には「〇〇家先祖代々墓」などがあり、左右は戒名が彫られていることが多い。しかし背面に文字はなく、全面がスベスベしている。句の主人公はまず正面をきれいに拭い、左右を洗う。そして墓の背面に向かい、妻の背を流すがごとく・・・。かつて奥様の背中を風呂場で洗ってあげていたに違いない。うーむ、よくぞここまで詠んだ、と感嘆。やがて、心が洗われるような、気持になって行った。(恂)

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煙立つ宗派を超えて墓参り     吉田 正義

煙立つ宗派を超えて墓参り     吉田 正義 『季のことば』  「宗派を超えて」。なるほどその通り、と頷かざるを得ない。盆や彼岸などの時期に墓へ詣でれば、方々からたくさんの煙が立ち上っている。お寺の場合、香煙は一つの宗派のものだが、公営墓地や霊園などでは、さまざまな宗派の煙が混じり合って混然となり、一つの宗教的な世界を作り上げている。  江戸時代の川柳「宗論はどちら負けても釈迦の恥」は、仏教各宗派間の争いを詠んだものだろう。後に落語「宗論」の枕に使われるようになったが、テーマはキリスト教に凝った若旦那と真宗信者の父親との仲違い。そんな父子もいまは、子孫の買った霊園の墓で、仲良く眠っているかも知れない。  他国の宗教からみれば、何たる融通無碍、ではないだろうか。釈迦を開祖とする仏教はインドからアジア全域に広がり、いくつもの分化を経て日本に伝来、さらに分化を続けて今日に至った。ところがその分化はいま、霊園、墓苑で一体となる。国連もこんな具合になればいいのになぁ。(恂)

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鶺鴒や目をうばはれて散歩道     堤 てる夫

『おかめはちもく』  鶺鴒に目をうばはれて散歩道     堤 てる夫  切れ字は句作に便利なものだが、使い方はなかなか難しい。「かな」「けり」という切れ字は末尾に据えられて余情、余韻を醸し出す。「や」は主として上五の末尾に置き、そこで大休止、読者にあれこれ想念を広げてもらう。そして、中七・下五で新しいことを述べ、上下二つのフレーズの響き合いによって新たな世界を提示する役割を果たす。  というわけで、「や」で切ったら、その下の中七・下五は上五とは別の事を言う方がしゃきっとする。しかしこの句は、「鶺鴒や」と切っておきながら、「目をうばはれて散歩道」と鶺鴒によってもたらされた情景をもう一度詠んでいる。  ただ古来、「や」で切ったにも拘わらず、また上五を敷衍している句がかなりある。芭蕉にも「鶯や餅に糞する縁のさき」「鶯や竹の子藪に老を鳴」などがある。「や」で切ってから、中下十二音字で鶯の様子を蒸し返している。  「俳聖に作例があるのだからいいじゃないか」と言う人もあろう。しかし、それは盲目的信仰というものであり、俳句づくりとは違う。やはりこの句などは素直に「に」として切れの無い一物俳句にした方がいいと思う。(水)

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一夜にて虫鳴く道に変りけり     片野 涸魚

一夜にて虫鳴く道に変りけり     片野 涸魚 『合評会から』(酔吟会) 冷峰 私の庭でも、ある夜、突然虫が鳴きだすんですよ。 二堂 虫は卵から孵って幼虫から成虫になるまでの期間が、同一種類だと大体同じなんですよ。だから一夜にして一斉に鳴きだすことがあります。いいところに目を付けたと思います。 反平 秋という季節は他の季節と違って一番変化を感じることができると思うのです。風とか、虫とか・・・。           *     *     *  作者は「まだまだ凡人の句ですよ」と照れ笑いなさるが、中々の観察眼、鋭い感性の持ち主であることがこの句からも伝わって来る。  「台風一過の日、いつもは朝散歩するのだけどその日は夕方、日が落ちてからの散歩になった。そうしたら蝉の声が虫の声に代わっているのに気が付いた」という。そこをすかさず句に仕立てる。これまた見習うべき姿勢ではないか。(水)

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嵐一過蝉の亡骸武者のごと     藤野 十三妹

嵐一過蝉の亡骸武者のごと     藤野 十三妹 『この一句』  ちょっとびっくりするような詠み方である。「武者のごと」と尻切れ蜻蛉のような止め方も例が無いではないが、普通はあまりやらない。それに、「武者のごと」とは一体どういうことなのか。多分、武者の如くいかめしく、堂々とした様子を示そうとしているのだと思うが、もう一つはっきりしない。  つまりは最初から最後まで人目を引く言葉をつらね、何とも大仰なのだ。というわけで、句会ではこの句は採らなかったのだが、何人かがかなり強く推した。そこで改めて読み返してみると、なるほど棄てがたい味わいのある句だと思うようになった。  台風一過の庭か公園であろう。最後の最後まで幹にしがみついて頑張っていた秋の蝉が、力尽きて吹き飛ばされ、そこかしこに転がっている。その骸を仔細に見つめると、中々立派な面魂だ。仰向けになったまま息絶えている姿は、まさに面頬(めんぼう)をつけた鎧武者そのものである。うつ伏せになっているのはまるで生きているようだ。戦い済んだ関ヶ原といったところか。(水)

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ガラス戸は孫の描きし花野かな     澤井 二堂

ガラス戸は孫の描きし花野かな     澤井 二堂 『この一句』  妻、夫、子ども、孫など肉親を詠むのはとても難しい。どうしても甘ったるくなってしまい、読まされる方は辟易する。逆に伴侶や子や孫を罵ったり軽侮したりする句が稀にあるが、そういう類には嫌悪感がつきまとう。  どんなに冷静に客観的に詠もうとしても、情が先に立ってしまうのだろう。俳句初心者の場合はべたべたに甘い句になってしまうし、手慣れた人の場合は平静を装う余り白々しさが表れてしまう。というわけで、「妻、子、孫を詠むのは止めなさい」と誡める先生もいる。  しかし俳句は「存問(挨拶)の詩」と言われ、日常茶飯事、行住坐臥のあれこれを題材にすることが多い。最も身近な存在である妻子や孫を句材にしてはいけないというのは不合理である。  自由に大らかに詠めばいいと思う。ただし、妻子孫俳句でいい物は古今皆無と言っていいほどであるということをわきまえておくべきであろう。その点、この句などは出色である。孫のいたずら描きを消さずにおくなど孫バカもいいところだが、それが何とも微笑ましく感じられる句になっているのがいい。(水)

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今もって本家分家や蕎麦の花     今泉 而云

今もって本家分家や蕎麦の花     今泉 而云 『合評会から』(酔吟会) 春陽子 分家、本家は今でもあるんですよ。こっちからこっちは本家の領分、ここから先は分家…とか。リアリティがある句です。 涸魚 福島の田舎でもある。素朴な蕎麦の花と、その背景にあるだろうどろどろとした親戚関係。田舎の実態を感じさせるいい句です。 反平 物語性がありますね。確かに陰湿なんですね、田舎の親戚関係は。目に見える蕎麦の花はきれいだけどねぇ。うまく詠んだものです。 冷峰 私も分家本家で苦労しているんで採ったんですがね。だけど、なぜ「蕎麦の花」なんですかね。蕎麦屋の本家分家なのだろうか?池袋のラーメン大勝軒みたいに。 正裕 なるほど、そういうことなのか・・。           *     *     *  本家分家と「蕎麦の花」は直接の関係はないだろう。強いて言えば、複雑な親戚関係のあれこれを思うにつけ、蕎麦の花の静かに群れ咲く情景に心が落ち着くというところだろうか。俳諧の「匂ひ付け」というのを思う。(水)

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