子とはぐれ妻ともはぐれ芒原     須藤 光迷

子とはぐれ妻ともはぐれ芒原     須藤 光迷 『合評会から』(番町喜楽会) 守 素直に読めば、家族が背丈の高い芒(すすき)の中で迷子になったのを詠んだのかなと思うけれど、孤独感とか別の意味も込めているのだろうか。作者に聞いてみたい。 反平 子供や奥さんともはぐれた、ということだが、本当に芒原ではぐれたなら、こんな句は出来ない。 悌志郎 多摩川の芒原で、前を歩いていた親子連れが消えていた。芒原の不思議さを詠んだのかな、と。 てる夫 家族で行って、単純にはぐれたのではなく、芒の原の寂しさを言いたいのだと思った。 而云 人生の中で子とも妻ともはぐれた、とも読める。この句はなかなか奥が深い。 水牛 今、芒原は少なくなった。箱根の仙石原もちゃんと道が付いて、はぐれないようになっているが。 明男 夫婦が子どもと芒原でかくれんぼか何かをしていて、はぐれてしまったのだろうか。夢中になって遊んでいる幸せな一家の様子も伝わってくる。          *       *        *  実際の出来事ではなく、作者と家族間のことでもなさそうだ。蕪村風のフィクションと見たのだが・・・。(恂)

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