動くのは木々の影のみ昼ビール     流合 研士郎

動くのは木々の影のみ昼ビール     流合 研士郎 『この一句』  半世紀近く前、チェコのプラハに暮らしていた時のことを思い出した。「プラハの春」と呼ばれた自由化運動をソ連の戦車が押し潰した暗い時期だった。  “帝国主義日本”から来た記者はスパイ同然の扱い。常に監視され取材制限を受けて思うように仕事が出来ず、気が重い日々を過ごしていた。生鮮食品が買えず、トイレットペーパーすら品切れという不自由な暮らしだったが、さすがはビールの国、朝からビヤホールが開いていた。石造の古い城館や僧院の一角などがビヤホールで、大きな樹が繁った中庭がある。そこに腰を据え昼間から飲んで憂さを晴らした。まさに「動くのは木々の影のみ」であった。  若い頃の自分を言い当てられた気がして思わず採ったのだが、この句解は自分勝手過ぎたかも知れない。「オープンカフェの明るい雰囲気」(反平)、「木の影の動きを見ながら黙ってビールを飲む。珍しい光景を詠んだ珍しい句」(水馬)、「あまりの暑さに誰も外に出ない昼過ぎ。きっとクーラーの効いた部屋から風を見ているのでしょうね」(ヲブラダ)というように、もっと素直に受け取るべき句であろう。句を詠むのは難しいが、読むのもまた難しい。(水)

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