灼くる日の真田隠し湯鉄の色 高井 百子
灼くる日の真田隠し湯鉄の色 高井 百子
『この一句』
真田の隠し湯なら、信州上田近辺と想像がつくが、どこにあるとか、一族の誰それが入ったとかいうようなことはこの際、考えなくてよさそうだ。作者は晩夏の灼くる日の夕べ、隠し湯と呼ばれる鄙びた温泉に身を浸した。その湯が「鉄の色」をしていた――。一句の全てはそこに集約されている。
湯の色が茶色や黒色の温泉は決して珍しくない。私がかつて泊まった秩父の奥の温泉は真っ茶色だったが、宿の主人によると、近辺の湯はみな同じような色だという。のんびりと長湯し、「一句ひねろうか」などと思ったが、ものにならなかった。山の宿の「茶色の湯」から一歩も先に進まなかったのだ。
ところがこの句は、茶色の中から「鉄の色」という語を抽き出した。武将の甲冑や面頬(めんぽお)などに見る黒褐色なのだろう。己の命を守る武具だから、手入れは十分。磨き上げた底光りを放っているに違いない。真田一族の隠し湯だからこそ、そのような「鉄の色」を想像させるのである。(恂)