水草の泡上りゆく金魚鉢     後藤 尚弘

水草の泡上りゆく金魚鉢     後藤 尚弘 『季のことば』  「アクアリウム」は水族館のことと思っていたが、いまは「水槽」だけでなく、そこで水草や金魚、海水魚などを育てるようなことも表すそうだ。中でも人気は「水草アクアリウム」だという。愛好家は気泡をたくさん出す種類の水草を選び、プカリ、プカリと浮き上がる泡を眺めて心を癒しているという。  本欄は前回の「金魚の泡」に続き、今回は「水草の泡」。かつて古い火鉢に水を入れ、金魚を買っていた経験からすると、どちらの泡も意外であった。池や甕(火鉢も含む)などに飼って、上から覗く限りでは、金魚や水草の泡にはまず気付かない。室内の棚など高い場所に置き、横から見るから泡が見えるのである。  さて、この句、水草の泡を詠んで、何となく淋しげだ。句を見つめていると、金魚が死に絶え、水草だけが残っている金魚鉢が浮かんでくる。ああ、あの和金も琉金も・・・、亡き金魚を想いつつ、水草の泡を眺めている。芭蕉の言う「しおり」とか「ほそみ」とかは、こういう状況を言うのかも知れない。(恂)

続きを読む

ぽっこりと泡一つ吐く金魚かな      石黒 賢一

ぽっこりと泡一つ吐く金魚かな      石黒 賢一 『合評会から』 尚弘 「ぽっこり」という表現がいい。金魚の様子が目に見えてきます。 有弘 観察の細やかさに敬服した。上五から中七へのつながりがいいですね 崇 何と言っても「ぽっこり効果」ですね。いろんな場面が想像できます。 賢一 「赤いべべ着た可愛い金魚」という童謡(「金魚の昼寝」)があるでしょう。あの歌の中の「あぶくを一つ」を、そのまま拝借しました。              *            *  いわゆる「ただごと」俳句と言われるタイプの句だと思う。つまり「それがどうした」と問われる部類の句である。金魚が泡を吐いたのだという。「それがどうしたの?」と言われそうだが、それでもどこかに面白味がある。句評にあるように「ぽっこり効果」によって平凡を脱したのだろう。童謡から金魚の泡を思いつき、このオノマトペ(擬音語)を発見したという。「ぽっこり」には「丸く盛り上がった様子」の意味があるらしいが、金魚の口から吐き出された泡を表すには、これ以上の語はないかも知れない(恂)

続きを読む

ときめきは心のサプリ夏の海      宇野木敦子

ときめきは心のサプリ夏の海      宇野木敦子 『合評会から』(三四郎句会) 賢一 「サプリ」がいいですね。とても気に入りました。 竹居 全く同じです。本当にそう思います。 尚弘 サプリって、サプリメントでしょう。若さを取り戻す補助剤だというのかな。 進 よく詠んでいて、その通りだと思う。海の周辺に行くと確かに若返りますよ。 賢一 (作者が分かって)男の作かと思っていた。女性でも男の水着姿を見るのですか。 敦子(作者) それは見ますよ、私だって。いくつになっても若い男性は魅力的です。         *          *  辞書に「サプリ」は「サプリメントの略」と出ている。片仮名は俳句では嫌われがちで、しかもこれは略語だが、もはや一般用語として認めるほかはない。この句を見ていると「サプリ」が煌めき、夏の海の情景が浮かんでくる。一方、「ときめき」には漢字表記がないようだ。古い大辞典に「枕草子」の二例がでていたが、どちらも仮名であった。ふと思う。清少納言もときめきを心のサプリにしていたのだろうか。(恂)

続きを読む

青葡萄十八歳の選挙権      岡本 崇

青葡萄十八歳の選挙権      岡本 崇 『この一句』  この六月から十八歳、十九歳の人に選挙権が与えられ、参院選、東京都知事選でこの年代の若者が投票を行った。投票率は十八歳がまあまあ、十九歳はがっかり、というところだが、それはそれとして・・・。この句は初めて選挙を体験した若い人たちの心や行動を、青葡萄に譬えたところがユニークだ。  形から見れば「青葡萄」と「十八歳の選挙権」という二つの語を並べただけの句である。二つの語をつなぐ「と」「に」「を」などもない。俳句に馴染みの薄い人はこの句を、どう捉えるだろうか。しっくりしない感じが残りそうだが、句の発する瑞瑞しさ、初々しさは十分に感じ取れるだろう。  このように二つのものを対比させる作り方は「取合せ」と呼ばれ、芭蕉の頃から存在していた。子規の頃に「配合」という語が生まれ、その後も「二句一章」「二物衝撃」などの用語によって時代ごとに「俳論」を盛り上げてきた。今はやや退潮気味か。しかし可能性を秘めた手法と思われる。(恂)

続きを読む