天空の城址は遥か秋の声     加藤 明男

天空の城址は遥か秋の声     加藤 明男 『季のことば』  秋になると聞こえてくる「秋の声」とは。日経俳句会八月例会に出た作品から拾うと、蜘蛛の巣の張る大樽の中から、ブリキの如雨露から、トーストを焦し目に焼いてみたら、耳飾りを外す左手から、などなどなど――。つまり俳句を作る人が「聞こえてきた」と思えば「秋の声」なのである。  本当の音は聞こえてこなくてもいい。むしろ、あたかも聞こえるかのような、という例が圧倒的に多い。夏が終わり、冬を迎えるまでの日々なら、何時でもどこでもよさそうだ。聞こえて来そうな場所は身近にあり、“ヒト絡み”が目立つ。そういう中にあってこの句は遥かな「天空の城址」をもってきた。  近年、有名になってきた兵庫県朝来市の竹田城と思われる。朝来山(標高五七五叩砲涼翳△砲△蝓⊆?佞了海覆匹らは雲海に浮かんでいるように見えるという。作者はこの城を近隣の山などから眺め、「秋の声」を聞いたのか。いや、ひょっとすると、これは宇宙の彼方の城址からの声かも知れない。(恂)

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子とはぐれ妻ともはぐれ芒原     須藤 光迷

子とはぐれ妻ともはぐれ芒原     須藤 光迷 『合評会から』(番町喜楽会) 守 素直に読めば、家族が背丈の高い芒(すすき)の中で迷子になったのを詠んだのかなと思うけれど、孤独感とか別の意味も込めているのだろうか。作者に聞いてみたい。 反平 子供や奥さんともはぐれた、ということだが、本当に芒原ではぐれたなら、こんな句は出来ない。 悌志郎 多摩川の芒原で、前を歩いていた親子連れが消えていた。芒原の不思議さを詠んだのかな、と。 てる夫 家族で行って、単純にはぐれたのではなく、芒の原の寂しさを言いたいのだと思った。 而云 人生の中で子とも妻ともはぐれた、とも読める。この句はなかなか奥が深い。 水牛 今、芒原は少なくなった。箱根の仙石原もちゃんと道が付いて、はぐれないようになっているが。 明男 夫婦が子どもと芒原でかくれんぼか何かをしていて、はぐれてしまったのだろうか。夢中になって遊んでいる幸せな一家の様子も伝わってくる。          *       *        *  実際の出来事ではなく、作者と家族間のことでもなさそうだ。蕪村風のフィクションと見たのだが・・・。(恂)

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取りあえず五体満足敗戦日     横井 定利

取りあえず五体満足敗戦日     横井 定利 『この一句』  第二次世界大戦によって日本は、国民三百万人余りの命を失うなど言葉に尽せぬ甚大な被害を被った。この戦争を引き起した軍人・政治家の責任は永久に問われるべき、という大原則は絶対に動かせない。その上で、戦時からの日本を記憶している一人として、この句から生まれた思いを述べたい。  敗戦からしばらく、手足や目などを失った傷痍軍人と呼ばれる人が道行く人に金を乞うていた。頭を下げ、地面に這いつくばる人もいた。赤紙一枚で戦場にかり出された人々である。我が家の近くにも戦災で負傷した人が何人もいた。広島で原爆に遭った隣の奥さんは蒼白い顔をして一日中、家の中にいた。  東京の下町で生まれ育った作者は、私よりもっと厳しい戦災の現実を見てきたはずだ。戦後七十年余り、作者も私もとりあえず五体満足である。今日まで生き延びてきたのはまことに幸運だと思うが、心から喜ぶ気にはなれない。私にとって八月十五日は「敗戦日」であり、「終戦日」とは絶対に思わない。句に「敗戦日」と記した作者も、私と同じような気持ちを抱いておられるに違いない。(恂)

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うす闇に秋の声さがす網戸ごし     大平 睦子

『おかめはちもく』 秋の声さがす薄暮の網戸ごし     大平 睦子  「秋の夕暮れ」は万葉、古今の大昔から歌に歌われ、江戸俳諧にも沢山詠まれた。現代俳句でも然りである。人に物思わせる時間帯であり、一句詠もうかと思う人には魅力的な素材なのであろう。この句は、その夕暮れ時に感じる秋の気配を詠んでいる。  闇が降りてきて、そろそろ戸を閉てようかという頃合い。いわゆる「たそがれどき」(誰そ彼は、という時分)である。「うす闇に秋の声さがす」とは、そうした気分を遺憾なく伝えている。とても感じの良い句である。  ただ、冒頭に「うす闇に」と置き、「さがす」「網戸ごし」とつながるのが何となくだらだらと説明調になっている印象を受ける。これは「うす闇に」と「網戸ごし」が上下に泣き別れになっていることが良くないのではないか。さらに中七が「あきのこえさがす」と八音になって、もたついた感じである。ということで、主役の「秋の声」を頭に置き、「薄暮の網戸ごし」としてみた。  改作の方が句としてはスムーズな感じになるが、原句の方が抒情味豊かだという意見もあるだろう。この辺りはとても難しい。(水)

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廃線の鉄路を隠す芒かな     深田 森太郎

廃線の鉄路を隠す芒かな     深田 森太郎 『合評会から』(日経俳句会) 二堂 元気な芒とうち捨てられたものを対比させて、とてもいい。 悌志郎 引き込み線が使われなくなって、その上を芒が覆っている。言い尽くされているような句だけど、その情景が好きなのでいただきました。 昌魚 この年になって、書物とか色々片づけなくちゃいけないなと思っています。廃線を自分になぞらえて、廃線も自分もいずれきれいにしなくてはという気持ちに合っています。 明男 地方に行くとよく見られる光景で、過疎化に悩む現状を素直に詠んでいる句だと思います。           *       *       *  「廃線を覆う雑草」はこれまで嫌というほど詠まれている。しかし、相変わらず続々と詠まれ、人気を集める。句会では「鉄道関係を詠むと点が入るのかな」という冗談めかしたコメントがあった。確かにそれはある。何と言っても線路や駅は日本人にとって近代化のシンボルであり、都会とふる里を結ぶよすがだった。他の句材より一、二点多く稼ぐのは至極当然なのである。(水)

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動くのは木々の影のみ昼ビール     流合 研士郎

動くのは木々の影のみ昼ビール     流合 研士郎 『この一句』  半世紀近く前、チェコのプラハに暮らしていた時のことを思い出した。「プラハの春」と呼ばれた自由化運動をソ連の戦車が押し潰した暗い時期だった。  “帝国主義日本”から来た記者はスパイ同然の扱い。常に監視され取材制限を受けて思うように仕事が出来ず、気が重い日々を過ごしていた。生鮮食品が買えず、トイレットペーパーすら品切れという不自由な暮らしだったが、さすがはビールの国、朝からビヤホールが開いていた。石造の古い城館や僧院の一角などがビヤホールで、大きな樹が繁った中庭がある。そこに腰を据え昼間から飲んで憂さを晴らした。まさに「動くのは木々の影のみ」であった。  若い頃の自分を言い当てられた気がして思わず採ったのだが、この句解は自分勝手過ぎたかも知れない。「オープンカフェの明るい雰囲気」(反平)、「木の影の動きを見ながら黙ってビールを飲む。珍しい光景を詠んだ珍しい句」(水馬)、「あまりの暑さに誰も外に出ない昼過ぎ。きっとクーラーの効いた部屋から風を見ているのでしょうね」(ヲブラダ)というように、もっと素直に受け取るべき句であろう。句を詠むのは難しいが、読むのもまた難しい。(水)

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頬杖の妻の背中や秋の声     谷川 水馬

頬杖の妻の背中や秋の声     谷川 水馬 『合評会から』(日経俳句会) 悌志郎 物思いに耽っている奥さんの背中に秋の気配を感じた。同感できるなと思いました。 大虫 仏像を思い浮かべたんですが・・、秋の感じによく合っています。 正裕 この句は類型的といえばそうなんですが、情景がよく見えるし、愛妻家の句としていただきました。 明男 妻の背中に感じたのは秋の気配か、夫婦間の秋風か(大笑い)。 光迷 こちらの人生も秋、この気持ち分かります。 ヲブラダ 「頬杖の妻の背中」すごいですね。奥さんもまさか句に詠まれるとは思わなかったでしょう(笑い)。 博明 初老の夫婦の感じがよく出ていると思います。           *       *       *  作者は「カミさんに、この句は出すなと言われたんですが」と、句会最高点獲得の喜びを語り、会場は爆笑につつまれた。投句前に奥さんの意見を聞くらしい。やはり愛妻家ならではの句である。(水)

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秋立ちて退位ご決意淡淡と     堤 てる夫

秋立ちて退位ご決意淡淡と     堤 てる夫 『合評会から』(日経俳句会) 正裕 天皇のビデオ放映を詠んだ句が並んでいましたが、その中でこれが一番。天皇は言いたいことが沢山あったのでしょうが、まさしく「淡淡と」心情を述べられていた。立秋の後のことで「秋立ちて」の季語もいい。何より「淡淡と」がいいですね。 智宥 「天皇のお気持ち沁むや秋の声」というのもなかなか良かった。しかし、やっぱり「淡淡と」が一番合っているのかなあ。 庄一郎 時事俳句ながら感銘を受けた。「淡淡と」が上手いと思いました。 綾子 「象徴」についてのお考えに深く感銘を受けました。         *       *       *  さすがに新聞社関係の句会ということもあって、時事句がよく出て来る。八月句会でも今上天皇の退位希望を滲ませるビデオ放映についての句が五つ六つ出た。この出来事についての受け取り方は人さまざまだが、それについてあれこれ言うのでなしに、まさに淡淡と詠んだところがいい。ずっと後にまで残る句であろう。(水)

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警備員灼くる持ち場を動けずに     大下 綾子

警備員灼くる持ち場を動けずに     大下 綾子 『合評会から』(番町喜楽会) 双歩 ストレートな表現でいいですね。だいぶお年を召したおじいちゃんが年金が足りないんで安い時給でやってるのか。これは一票投じないと。 斗詩子 いま我が家の前が道路工事中です。灼熱の中じっと佇んでいる警備員さんの姿に毎日感動しています。 而云 「動けずに」がどうかと思ったのです。「立ち尽くす」ではどうだろうか。           *       *       *  汗を出し切ってしまったような顔が見えてくる。「灼く」という季語をこれほど確かに伝える句はそうそうないだろう。  「動けずに」がどうかという問題提起にいろいろな意見が出た。私も一旦は「動かずに」の方がいいかなと思った。しかし、じっと読み返してみて、やはり「動けずに」しか無いと結論づけた。この人は「持ち場を離れてはいけない」という命令によって「動けずに」立ち尽くしているのだろう。しかし、そのうちに最早命令なんか超越して、信念のようなもの、あるいはその場に立っていることが習い性となってしまって、「動けずに」居るのではなかろうか。(水)

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昼飯はぶっつかけ汁や夏休み     石黒 賢一

 俳句と掛けてカラオケと解く。その心は? 人の下手なのはすぐに分かるが、自分が下手なのは全然分からない――。という訳で、当欄担当の(水)氏も私(恂)も句会では人の句を腐したり、直したりする。仲間は言う。「“みんなの俳句”に添削例を紹介したらどうですか」。その声に応えて当欄を創設した。タイトルは(水)氏の命名によって『おかめはちもく』。「傍目八目」と書いて「ひとのあらはよくわかる」とルビを振ろうと思ったが、この欄では無理らしい。今週から一句ずつ紹介することにした。御愛読のほどを!  『おかめはちもく』   昼飯はぶっかけ汁や夏休み     石黒 賢一  「ぶっかけ汁」でもよさそうだが、「ぶっかけ飯」「ぶっかけ蕎麦」などが一般的なようだ。そこで「ぶっかけ飯」として、気になるのが「昼飯は」である。失礼ながら、平凡にして芸がない。そんなことを呟いていた末に思いついたのが「男なら」である。元・柔道マンの作者に相応しい上五だと思う。  そう直して見て一句を目渡すと、今度は下五がちょっと弱々しい。「夏休み」は三四郎句会の兼題であった。この句は兼題から生まれていたはずで、季語として尊重しなければならないのだが、身の内の「直しの虫」が収まらない。炎暑、猛暑、炎熱、日盛りなどを並べていたら、ある季語が浮かんで来た。  (水)氏が番町喜楽会の八月例会に兼題として出した「灼(や)くる」である。男なら灼けつくような日でも、まなじりを決して戦いの場に臨まなければならない。よし、これだ。「男ならぶっかけ飯ぞ…

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