よしよしと自分なだめて春を越す     斉山 満智

よしよしと自分なだめて春を越す     斉山 満智 『この一句』  「春を越す」というのは歳時記に載っていないのだが、立夏の頃の感じをよく表している。まあ作者としては単に「春」という季語を詠んだつもりかも知れないのだが、「春を越す」という季語があってもいいなと思った。  「行く春」「春惜しむ(惜春)」という大きな季語が、「ああもう春が過ぎてしまうのだなあ」と名残惜しさを強調しているのに対し、「春を越す」はさばさばした感じがするのだ。  卒業、入学、入社、退職、年度替わり、人事異動、転勤引っ越し等々、現代の春は昔と違って忙しく、落ち着かない。天候が不順で暑くなったり寒くなったり、べたつく雪が降ったり、大風が吹きまくったりする。それ等が影響して心身の不調に悩む人が出てくる。それほどではないが、身体がだるくなったり、ぼんやりしてしまうことがよくある。それやこれやで何もしないうちにあっという間に春は過ぎてしまう。全くしょうがないなあと、落ち込みそうになる。  でも、今更くよくよ考え込んだって春が巻き戻せるわけではない。これからは風薫る五月、いいじゃないの、そんな感じが伝わってくる。(水)

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