ひと串の木の芽田楽緋毛氈     久保田 操

ひと串の木の芽田楽緋毛氈     久保田 操 『季のことば』  山椒の芽吹きは東京近辺では彼岸の頃に始まる。もう少し待って、ソメイヨシノが満開になる頃には芽も摘めるほどに伸びる。八重桜の頃になれば、緑茶色の芽は鮮やかな早緑色の若葉になっている。  萌え出たばかりの芽でもいいし、若葉でもいいのだが、山椒を摘んですり鉢で味噌と一緒によく擂り、酒と味醂と出汁を入れてさらに擂り伸ばしておく。片方で、豆腐を五分(1.5センチ)ほどの厚さの短冊に切り、斜めに立て掛けた俎板に張り付け小一時間水切りしておく。青竹を割って削って二股に拵えた串に水切りした豆腐を差し、炭火にかざして焼く。火が通った頃合いに、山椒味噌を塗り、再び炭火にかざして、香ばしい匂いがしてきたら、木の芽田楽の出来上がり。  桜咲く山の掛茶屋、緋毛氈の床几にくつろぎ、花を愛でつつ一献。傍らには信楽の角皿に焼き上がったばかりの田楽が一串。これはまあ江戸時代の錦絵を見ているような、春風駘蕩の雰囲気。白い豆腐に緑の串、桜花の薄紅色、緋毛氈の濃い紅色、青い空・・と、色彩豊かな夢うつつの世界を描いている。(水)

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