野の隅に季節つげをり蕗の薹 井上 庄一郎
野の隅に季節つげをり蕗の薹 井上 庄一郎
『季のことば』
春が来るよと知らせてくれる植物を指折り数えれば結構あるのだが、野辺の草の中では蕗の薹が最も劇的である。何しろあたり一面枯れ草と茶褐色の土が剥き出しの土手などに、薄緑色のうずらの卵ほどの莟をぴょこんと出す。時には雪がまだ残っている所に生える。梅や猫柳のような見栄えの良さは無いが、散歩の途中の野道や川原でこれを見つけた時の嬉しさといったらない。
「山陰やいつから長き蕗の薹 凡兆」「莟とはなれもしらずよ蕗のたう 蕪村」「藪陰にのび過しけり蕗の薹 蘭更」などという句がある。蕪村句は「これが莟とはなあ」といったところか。それがちょっと見ぬ間にぐんと伸びて、花開く。小さな花が密集して、ブロッコリーかカリフラワーの一房のようである。凡兆と蘭更の句はそんな蕗の薹であろう。このように大昔から俳人に親しまれてきた季語である。
掲載句もそんな素朴可憐な蕗の薹を詠んで、春の到来を喜んでいる。いかにも蕗の薹らしく、ひっそりと季節を告げているところがいい。(水)