五十年ぶりの故郷梅香る     大石 柏人

五十年ぶりの故郷梅香る     大石 柏人 『この一句』  梅は作者の自宅近所にもたくさん咲いているに違いない。しかし、故郷の梅は格別だ。香りからして違うなあと感じ入っている様子がうかがえる。  戦後の復興期から高度成長期を支えた人たちは今や九十代、八十代、七十代。御国のために戦って辛うじて生き長らえ、乳呑み児を抱えて食糧難時代を頑張り通した世代、食い扶持を稼ぎながら苦学力行した世代、飢餓の幼少年代をくぐり抜けた世代である。みんなそれぞれ郷里の期待を背に上京し、大学に入ったり就職したりして、がむしゃらに生きてきた。心ならずも故郷を置き去りにした人たちも多い。ことに親兄弟も東京近辺に引っ越して来たりすると、中学、高校まで過ごした故郷はますます遠くなる。  高校の同窓会、親戚の結婚式、葬式等々で、全く久しぶりに故郷に帰ることがある。この作者にもそうしたきっかけがあって、五十年振りの帰郷となったのだろう。「梅香る」で懐旧の念を表したのが奥床しい。沈丁花では匂い過ぎるし、緋寒桜では派手ばでしい。計算づくなのかどうかはさておき、ゴジュウネン、ブリノフルサトという句またがりの響きが、連綿たる情緒を醸し出している。(水)

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