草餅や口に広がる野の世界 宇野木敦子
草餅や口に広がる野の世界 宇野木敦子
『この一句』
子供の頃、よく野原で遊んだことのある人なのだろう、と想像した。この時期の野はまだ枯草に覆われているが、その下をよく見れば、緑が少しずつ表れている、という状況である。そのような中から、餅草を見つけ・・・。この人は多分、「蓬(よもぎ)」ではなく「餅草」と呼んでいたに違いない。
作者名が分かって、具体的な風景が浮かんできた。第二次大戦中、長野県伊那地方の祖父母の家に疎開されていた。あたりは「伊那谷」と呼ばれるが、天竜川を挟んで平地が豊かに広がる農村地帯である。野原も土手もたっぷりあって、遊び場には事欠かず、餅草を摘みに行ったりしたのだろう。
中学に入る頃に東京へ戻り、子育てやキャリアウーマンとしての仕事を終えた後、趣味の俳句に馴染むようになった。まだ初心者の段階かも知れないが、少女時代の生活に根差した句は瑞瑞しさを発散する。この句もその一例。いまも草餅を食べれば、たちまち七十年も前の記憶が甦ってくるのである。(恂)