立ちのぼる蕎麦屋の湯気も冬めけり 竹居 照芳
立ちのぼる蕎麦屋の湯気も冬めけり 竹居 照芳
『季のことば』
「冬めく」は初冬の季語だが、立冬とか冬浅しという季語よりは少し日にちが過ぎ、寒さを肌身に感じて「やはり冬だなあ」と納得するようになる頃、カレンダーで言えば十一月末頃であろうか。
しかし、近ごろのように温暖化が進むと、なかなか冬めいた感じにならない。ようやく年の瀬から新年になって、「冷え込む」という言葉を思い出したりする。
それでも、暑さ寒さに対する感覚は比較相対的な部分が大きいから、気温は昔の冬を思えばかなり高いのに、昨日に比べて急に三、四度低下したりすると、ひどく寒く感じる。というわけで「冬めく」とか「寒し」という季語は、いつまでたっても廃れることがない。
これは夜泣き蕎麦の屋台か、最近流行りの立食い蕎麦屋か。あるいはプラットフォームの蕎麦屋だろうか。とにかく冬の夜、こうした庶民的な蕎麦屋から漂ってくる湯気の匂いほど人を引きつけるものはない。安い鯖節などの出汁と醤油の入り混じった強烈な匂いだ。思わず暖簾を掻き分けてしまう。季語の雰囲気を十二分に味わえる句である。(水)