帰路急ぐ里の鴉や大晦日 高井 百子
帰路急ぐ里の鴉や大晦日 高井 百子
『この一句』
鴉には大晦日も新年も関係あるはずはないのだが、大晦日の鴉を見ていると、なんとなく気忙しそうにしているのがおかしい。町場では暮れの30日から正月三が日はゴミ回収が休みとなり、鴉は食糧難に陥る。それが分かるのだろうか、大晦日の鴉は回収洩れのゴミや不法投棄の食べ物を懸命に漁る。とっぷり暮れる頃、満腹した鴉は二羽三羽と連れだって里山の巣を目指す。
というのが、この句の表向きの五七五で、見たままを素直に詠んだなかなかの写生句である。しかし、裏にはさまざまな意味合いが込められていそうだ。この句を反芻していると、帰路を急ぐ鴉にことよせて心情を吐露した叙情句のように思えてくる。
大晦日にまで繰り越した問題をようやく片付けて、家路につく亭主かも知れない。掃除に手間取って買い物が遅くなり、焦っている主婦かも知れない。大晦日の雑踏の中で孤独を感じてしまう独り者かも知れない。
とまれかくまれ一億二千万それぞれが、それぞれの思いを抱きながらねぐらに帰る大晦日である。(水)