蟷螂の野に佇みて古武士かな 篠田 義彦
蟷螂の野に佇みて古武士かな 篠田 義彦
『季のことば』
あらゆる虫の中で最も人間に似ているのが蟷螂(かまきり、とうろう)ではないだろうか。目は大きく、相手をじっと睨む。捕まえて指を出せば噛みつこうとするし、餌を食べるときは口をもぐもぐさせる。六本の脚の前の二本は腕のようで、ボクサーのように構えて、人間にさえ戦いを挑もうとする。
生れて卵鞘(らんしょう)と呼ばれる巣から出た時は実に小さく、巣の外に出ればクモの子のように散って、それぞれ独立独歩の道を歩んでいくようだ。僅か数ヶ月という寿命の中で、餌を獲り、成長し、子孫を残し、老いて行く。子供の頃、「かまきり爺さん」と呼んでいたことを思い出した。
「枯蟷螂」と呼ばれる茶色の蟷螂がいる。この句の「古武士」は茶色であるに違いない。生殖を終えた後は雌に食われる、と言われるが、実際は生き残り、自然に死んで行く方が多いという。昆虫ながら、哀愁をまとった男性を思わせる。彼は野に佇み、夕陽でも眺めて短い一生を終えるのだろう。(恂)