穴惑ひ三十路女の正念場   高井 百子

穴惑ひ三十路女の正念場   高井 百子 『季のことば』  「穴惑ひ」というのは「蛇穴に入る」という季語の派生季語で、冬籠もりの季節になってもうろうろしている蛇を「自分の入るべき穴が分からなくなった間抜け」とからかったものである。  蛇や蜥蜴など変温動物は寒くなると体温調節が出来ないので、暖かく安全な場所に籠もって冬眠する。そして春になり気温が高まると這い出して来る。昔の人は蛇は春の彼岸の頃に穴から這い出し、秋彼岸になると穴に入ると考えていたようだ。そこで「蛇穴を出づ」を仲春の、「入る」を仲秋の季語とした。  俳句の前身である俳諧は滑稽味を大事にしていた。だからこうした蛇の冬籠もりを素材にする際にも、「蛇穴に」と真っ正面から詠むだけでなく、「穴惑ひ」といったユーモアとペーソスを感じる面白い季語を考え出すこともした。  この句は句会で大いに注目を集め、「これは男が詠んだものに違いない」とか「元気でしっかりした女性。『今が正念場なのよ、私は』って言ってるのが聞こえて来るようだ」などの評が飛び交った。「結婚か仕事か」人生の岐路に立つ女性の悩みを詠んでいる。「穴惑ひ」という古臭い季語に新風を吹き込んだ。(水)

続きを読む

独り居の覚束なさよ秋灯   廣田 可升

独り居の覚束なさよ秋灯(あきともし)   廣田 可升 『合評会から』(番町喜楽会) 百子 奥さんがいない夕方、なんとなく心細い。秋の灯の雰囲気をよく伝えています。 大虫 一人暮らしには慣れているんですが、先日山口へ行き、居慣れた場所でない処に独りで居たら、まさにこの句のような感じにとらわれました。 光迷 たまに独りになると、こうなりますね。 而云 ああ、そうだなあと思いますね、この句は。 正裕 今も昔も変わらぬ心情で「そうだよな」と共感しました。           *       *       *  九〇年代初め頃「濡れ落葉」という流行語があった。定年退職後、妻にべたっとくっついて離れない亭主族を嗤った言葉である。高度成長を支えてきた産業戦士たちは、趣味も無く、地域活動の経験もない。会社人間を止めると、たちまち妻のお荷物になった。今の夫はそれほどではないが、依然として家事が出来ないのが多い。というか、妻の領域に踏み込むのを遠慮する気持があるのだ。その結果、突然の独り居になると何事も覚束なくなる。しかし、概してそういう家の方に温もりが感じられる、と言ったらひが目か。(水)

続きを読む

蟷螂の野に佇みて古武士かな       篠田 義彦

蟷螂の野に佇みて古武士かな       篠田 義彦 『季のことば』  あらゆる虫の中で最も人間に似ているのが蟷螂(かまきり、とうろう)ではないだろうか。目は大きく、相手をじっと睨む。捕まえて指を出せば噛みつこうとするし、餌を食べるときは口をもぐもぐさせる。六本の脚の前の二本は腕のようで、ボクサーのように構えて、人間にさえ戦いを挑もうとする。  生れて卵鞘(らんしょう)と呼ばれる巣から出た時は実に小さく、巣の外に出ればクモの子のように散って、それぞれ独立独歩の道を歩んでいくようだ。僅か数ヶ月という寿命の中で、餌を獲り、成長し、子孫を残し、老いて行く。子供の頃、「かまきり爺さん」と呼んでいたことを思い出した。  「枯蟷螂」と呼ばれる茶色の蟷螂がいる。この句の「古武士」は茶色であるに違いない。生殖を終えた後は雌に食われる、と言われるが、実際は生き残り、自然に死んで行く方が多いという。昆虫ながら、哀愁をまとった男性を思わせる。彼は野に佇み、夕陽でも眺めて短い一生を終えるのだろう。(恂)

続きを読む

いわし雲墨を打ちたる杉丸太       岡本 崇

いわし雲墨を打ちたる杉丸太       岡本 崇 『この一句』  空に鰯雲。その下に大工の働く建築の現場がある。昔は子供たちが周囲に集まり、作業をじっと見つめていたものだ。大工さんたちは、まず砥石で刃物を研ぎ、鉋(かんな)や鑿(のみ)、鋸(のこぎり)などを用いて、働きぶりを披露してくれる。あのような風景は今、ほとんど見ることが出来ない。  中でも懐かしい光景がある。墨壺から墨糸を引き出し、材木の端から端へと張って、パシッと黒い線を引く作業である。この句を見て、あれは「墨を打つ」というのか、と知った。細かい霧のように墨のしぶきが飛ぶのを見た記憶もある。その瞬間、真っ白な材木に一本、黒い線が引かれていた。  墨壺はもう過去の大工道具のような気もする。俳句仲間の建築業経営者によると、墨壺は室内作業などでまだ重要な道具の一つだという。しかし建築現場はシートや網に囲まれていて内部を覗くことは出来ない。「墨を打ちたる杉丸太」。あの鮮やかなシーンを覚えている人は年々、減っていくのだろう。(恂)

続きを読む

秋晴るる江戸散策の地図を手に      宇佐美 論

秋晴るる江戸散策の地図を手に      宇佐美 論 『合評会から』(三四郎句会) 賢一 最近、お年寄り集まって江戸の名所をあちこち訪ね歩くというのが、ちょっとしブームのようですね。秋晴れ、散策の地図。感じが出ています。 信 今が散策、散歩にいい時期で、季節感がある。散策には「江戸」の雰囲気が欲しい。「東京」ではね。 敦子 そうですね。私も「江戸」が効いていると思います。この頃、千駄木、根津あたりに行くと、お年寄りだけでなく、若い人たちも目にしますよ。 崇 江戸散策、江戸の地図。いかにも秋晴れにふさわしい。 論(作者) 東京を改めて調べて見ると、江戸の雰囲気がいろいろ残っていますね。           *           *  我が家の近くに校昉燭諒かれ道があり、「右中村 左鷺宮」という古い石の道標が埋められていた。江戸時代のものらしく、気に入っていたのだが、いつの間にか新しい石に代わっていた。文字が磨滅しためだろうか。古いものは無くなりがちだから、「小さな江戸」もしっかりと残しておきたいですね。(恂)

続きを読む

お角力が自転車で行く赤とんぼ    横井 定利

お角力が自転車で行く赤とんぼ    横井 定利 『合評会から』(日経句会) 双歩 脱力的なゆったりとした、平和そのものの情景が伝わってくる。とぼけた雰囲気もありますね。 智宥 言葉遣いが面白い。特に「お角力(すもう)」ですね。「赤とんぼ」も利いている。 反平 私はこういう光景をみたことあるが、ユーモラスです。 万歩 浴衣を着た、入門したての太った相撲取りが、小さく見える自転車でゆらゆらと行く。その肩越しに赤とんぼが飛んでいる。ユーモラスな俳味とでも言うのか。 ヲブラダ ほのぼのとして、漫画のような光景だ。 正市 「赤とんぼ」がちょっととぼけた使い方で、句全体の景が浮かぶ。ただ「お角力が」の「「が」が散文的になってしまうのではないか。「の」の方がいいかな。 水牛 「の」の方が俳句的だが、これは童画のような口語俳句だからこのままでいい。               *        *  自転車に乗った力士を後ろからを見ると、膝が左右に開いて、蹲踞(そんきょ)の姿勢のようである。(恂)

続きを読む

曼珠沙華平将門跳梁す         井上 啓一

曼珠沙華平将門跳梁す         井上 啓一 『この一句』  「跳梁」は「跳ねまわること」だが、「悪人が我もの顔でのさばること」の意味もある。平将門は平安時代中期、関東一円に勢力を築き、「新皇」を名乗ったのだから、時の政権からすれば「悪人」と言うほかはない。一方、関東の人々は、将門の跳梁にやんやの喝采を送ったのではないだろうか。  句は上五に「曼殊沙華」と置いた。別名・彼岸花。秋たけなわの頃、堤防や畦、墓地など、人里近くを朱色に染める花の特徴を、将門の跳梁ぶりに重ねている。茎を真っ直ぐ伸ばし、一気に花を咲かせる咲きぶりには「蜂起」のイメージもあり、この取合せに頷く人が多いのではないだろうか。  曼殊沙華はまた滅びの花でもある。花は一度に咲き、みじめな風情を見せながら一斉に萎れて行く。将門は都へ出て昇進を果たせず、東に下って威をふるうが、朝廷の力の前にあっけなく散る。この花の名所、埼玉・日高「巾着田」の現況をネットで調べてみたら「曼殊沙華は終了しました」と出ていた。(恂)

続きを読む

過疎村の石ころ道や秋の風   片野 涸魚

過疎村の石ころ道や秋の風   片野 涸魚 『季のことば』  秋風は古来人気のある季語で、さまざまに詠まれてきた。花、月、雪の季語御三家は別格として、おそらく春風と共に人気を二分する季語ではないか。芭蕉は「もの言へば唇寒し秋の風」「身にしみて大根からし秋の風」と詠み、一の弟子杉風は「がつくりと抜け初むる歯や秋の風」、蕪村は「秋風にちるや卒塔婆の鉋屑」、一茶は「淋しさに飯を食ふなり秋の風」と詠んでいる。  猛暑が去り9月の仲秋、さわやかな風に生き返った気分になる。しかしほっとするのも束の間、10月の声を聞き、肌寒さを感じる秋風に吹かれるとそぞろ寂寥を感じる。ああ今年も余すところ三ヶ月を切ったという、追い立てられるような思いとともに、万物凋落の冬を迎える淋しさにとらわれる。  この句の過疎村は、作者にとって単なる通りすがりの村ではないように思える。戦中戦後の疎開で一時期住み暮らした村か、あるいは以前、何か特別の旅とか仕事で滞在した村なのではないか。そういう村に久しぶりに足を踏み入れた。すっかり寂れている。石ころ道を吹く秋風が殊の外身に沁みる。(水)

続きを読む

音もなく肩にやすらふ赤とんぼ   岡田 臣弘

音もなく肩にやすらふ赤とんぼ   岡田 臣弘 『季のことば』  秋はあっという間に過ぎ去ってしまうが、ちょっと注意して周囲を見渡せば、季節を示すあれこれが見てくれがしに転がっている。赤蜻蛉はその代表選手の一つである。  一年中でもっとも印象の強い季節は夏と冬で、春と秋はその橋渡し役に過ぎない。つまり、春と秋は、来たるべき季節への準備を矢継ぎ早に行い、目にも鮮やかに景物の千変万化を起こす“狭間の季節”なのではないか。  地球上大部分の地域は、極端に言えば夏(雨期)と冬(乾期)しか無い。春と秋はほんの数日に過ぎず、瞬時に万物が変転する。それを考えると、春と秋という貴重な橋渡しの期間をかなり余裕をもって与えられた我々日本人は、なんという幸せな人間だろう。  赤蜻蛉は夏は高原地帯にいて、涼しくなると一斉に里に下って来る。竿の先に止まって周囲を見回す癖がある。時には人の肩に止まる。まさに音もなく来て羽を休めている。夏目漱石は「肩に来て人なつかしや赤蜻蛉」と詠んでいるが、明治の赤とんぼも平成のも、変わらぬ気分であるのが嬉しい。(水)

続きを読む

突然の訃報疑ひ月睨む   高橋 ヲブラダ

突然の訃報疑ひ月睨む   高橋 ヲブラダ 『この一句』  幼馴染みの同級生か同期入社か、とにかく青春時代を共に過ごした友人が死んだとの知らせが突然入ったのだ。昔風に言えば肝胆相照らす仲であり、莫逆の友である。  ここ数年は職場を異にし、住む処も違って、昔のようにしょっちゅう呑んだり食ったりすることはなくなった。しかし、時折電話をしたり、共通の友人から様子を聞いたりして、お互いに気持はいつでも通じ合っていると感じていた。病気にかかったという話も聞いていなかった。  それなのに、一体どうしたと言うンだ。思わず天を仰いだ。満月が煌々と輝いていた。  「月」の句としては非常にめずらしい詠み方である。俳句で名月と言えば「眺め」たり「仰ぐ」のが普通で、「睨む」というのは尋常ではない。訃報というものは大概は突然だから、ここまでは平凡なのだが、月を睨むという措辞でこの句は存在理由を確実にした。(水)

続きを読む