信濃路やつづく棚田に今日の月   井上 庄一郎

信濃路やつづく棚田に今日の月   井上 庄一郎 『この一句』  昨平成二十六年九月七、八の両日、日経俳句会最長老の作者を先頭に、十数名で「姨捨山棚田観月吟行」を行った。芭蕉が「笈の小文」の旅で、なんとしてでも姨捨の名月を見たいと木曽の険路を冒し、廣重がどうにかして「田毎の月」を描きたいと出かけた所である。  天候に恵まれて明月がくっきりと現れ、この歌枕俳枕の雰囲気に心ゆくまで浸ることができた。作者はこの吟行から戻ってすぐに、「姨捨の田毎の秋を一望す」「名月や鎮む棚田に里光る」の佳句を発表しているが、『月』の兼題が出た今回、あらためて一年前のあの情景を思い出したのであろう。  一年じっくりと醸されたからか、句の姿がずんと落ち着いたように感じられる。まず上五に「信濃路や」と大きくどっしりと置いて、句に重厚感と落着きをもたらしている。そして「つづく棚田に」で特徴的な景観を示し、そこを照らす名月を据えて読者を幻想世界に導く。伝統的な手法による格調高い句である。吟行での即吟には生きの良さがあり、その時の思いを反芻することで、また別の良さが現れる。(水)

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