雲飛べば自ずからなる秋の声     篠田 義彦

雲飛べば自ずからなる秋の声     篠田 義彦 『季のことば』  普通の社会生活と俳句の世界の間には境界があるという。長く俳句をやっている人は忘れているが、初心者はある種の溝を感じている。「例えば句会の兼題です」とある初心者が言っていた。「山笑ふ」「亀鳴く」というような、言葉(季語)に出会った時、ここからが俳句の世界なのだ、と思ったそうである。  では「秋の声」は? とその人に聞いてみた。「同類ではあるが、抵抗感はあまりなかった」という。「秋の声」は俳句だけの語ではないからだろう。普通に用いられる言葉ではないが、短歌や中国の古詩にいくつも例があり、われわれは知らないうちに「秋の声」という語に触れてきたのである。  この句、雲が飛んでいるのを見ていると、自然に秋の声が聞こえてくる、のだという。その通りで、秋になると、音が聞こえなくても「声」は聞こえてくるのだ。季語に「秋の声」があっても「春の声」はない。夏の声も、冬の声もない。なぜ秋だけに「声」があるのか。秋だから、ではないだろうか。(恂)

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