天の川我らの星も流れ行く   高橋ヲブラダ

天の川我らの星も流れ行く   高橋ヲブラダ 『この一句』  地球を「我らが星」と言ったところが面白い。まるで宇宙船から眺めてでもいるようだ。地球は銀河系の隅っこにある太陽系の、そのまた小さな惑星の一つで、日々刻々流れている星だという。これはまさに現代の俳句である。江戸時代はもちろんのこと、明治、大正、昭和の俳人に、天の川を仰いでこうした考え方をする人は無かったと思う。  最近の宇宙開発の目覚ましい進歩発展により、関連ニュースが新聞やテレビで華々しく報道されるにつけ、私たちは自然に宇宙に目を向けるようになった。それもただ名月を眺め、天の川を振り仰いでロマンチックな幻想に浸るだけでなく、宇宙飛行のこととか、衛星からの地球観測など、現実的な意識が深まった。この句はそうした時代背景から生まれ出た句である。  我らの星も流れ行く──そしてもちろん、その上で右往左往している「我ら」は日々流されっぱなしである。そんな意味合いも汲み取れて、実に面白く、素晴らしい句である。(水)

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雲飛べば自ずからなる秋の声     篠田 義彦

雲飛べば自ずからなる秋の声     篠田 義彦 『季のことば』  普通の社会生活と俳句の世界の間には境界があるという。長く俳句をやっている人は忘れているが、初心者はある種の溝を感じている。「例えば句会の兼題です」とある初心者が言っていた。「山笑ふ」「亀鳴く」というような、言葉(季語)に出会った時、ここからが俳句の世界なのだ、と思ったそうである。  では「秋の声」は? とその人に聞いてみた。「同類ではあるが、抵抗感はあまりなかった」という。「秋の声」は俳句だけの語ではないからだろう。普通に用いられる言葉ではないが、短歌や中国の古詩にいくつも例があり、われわれは知らないうちに「秋の声」という語に触れてきたのである。  この句、雲が飛んでいるのを見ていると、自然に秋の声が聞こえてくる、のだという。その通りで、秋になると、音が聞こえなくても「声」は聞こえてくるのだ。季語に「秋の声」があっても「春の声」はない。夏の声も、冬の声もない。なぜ秋だけに「声」があるのか。秋だから、ではないだろうか。(恂)

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鳳仙花ネイルアートのいま昔     田村 豊生

鳳仙花ネイルアートのいま昔     田村 豊生 『季のことば』  鳳仙花と聞くと、何となく懐かしい感じがする。かつては庭の隅などによく咲いていた。花の終わり頃になると、少し触っただけで種がポンと飛び出してきた。次の年、その種から芽が出て、花を咲かせるのだ。園芸種のはずだが、改良はあまり加えられていないようで、野生種の感じも残っている。  その鳳仙花がネイルアートとは? 調べて見たら「爪紅」「染指草」などの別名があるという。「紅色の花を絞って女児の爪を染めた」などの説明もあった。「そうだったのか」と納得した昔の少年は、庭にゴザを敷いた少女たちのオママゴトを、遠くから離れて眺めていたことなどを思い出していた。  ネイルアートは世界的、歴史的なものだそうである。古代エジプトの女性のミイラに爪を染めていた例もあるという。そして今・・・。色を塗るだけでなく星、花、ハートなどが散りばめられていて、まさに百花斉放。鳳仙花を眺めてネイルアートの今昔を思う。なるほど、いい句だ、と思うようになった。(恂)

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忍び足猫の一歩や秋の声     宇野木敦子

忍び足猫の一歩や秋の声     宇野木敦子 『この一句』  猫ブームだというが、昔に比べると猫そのものが変わってきている。テレビのアマ動画に投稿される猫は毛がふわふわしているような、いかにもペット風が幅を利かせている。しかし、この句の猫は違うかも知れない。道で拾ってきて育てたような、そんな懐かしい猫の雰囲気が感じられる。  なにしろ虎や豹などと同じネコ科なのだ。夜、人気のない場所などでは猫特有の動きを見せることがある。身を低くし、一歩、一歩、静かに足を運んで行くのだ。前足の一方を床につける直前で留め、前方をじっと見つめ、固まったかのように動かないこともある。そのような状況の中から、秋の声が・・・。  忍び足の猫は板の間の隅にコオロギでも見つけたのではないか。捕まえ食べても、キャットフードより美味しくないだろう。しかし野生の本能が甦れば、動くものを狙わざるを得ない。作者はそのような緊迫感の中に秋の雰囲気を感じたのだろう。とてもユニークで、興味深い「秋の声」の句だと思う。(恂)

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木漏れ日に苔むす古刹秋の声      渡邉 信

木漏れ日に苔むす古刹秋の声       渡邉 信 『合評会から』(三四郎句会) 敦子 京都のお寺でしょうか。句の通りの情景が目に浮かんできます。 論 有名なお寺でしょうね。静寂の風景の中から秋の声、ですね。 照芳 旅行で訪れた寺や神社の静かな様子を思い出しました。 正義 苔寺(西芳寺)かな。どこからともなく秋の雰囲気が漂ってくるという情景ですね。 恂之介 いかにも秋の声が聞こえてくるような、典型的な風景ですね。それだけに類想の句があるかも知れないけれど、やはりいい雰囲気です。               *          *  昔、西芳寺に枯山水の庭があった。ところが戦争や自然災害で何度か荒廃を繰り返した後の江戸後期、見捨てられていた庭が苔で覆われていたのだという。庭に小さな流れがあり、木漏れ日が適当に降り注ぐ。苔寺はそんな条件によって自然に出来上がった。苔むす庭を見て「いいな」と思うのは、苔の風景が日本の自然そのものであるからだろう。秋の声も当然、聞こえてくるはずである。(恂)

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