西日射す暮れゆくだけの日曜日   村田 佳代

西日射す暮れゆくだけの日曜日   村田 佳代 『この一句』  日曜日の暮れかかる頃の、倦怠感と悔悟の念が滲み出ているような句である。溜まっていた疲れを解きほぐそうと、この土日は用事や遊び事の計画は入れずに、久しぶりに家に居て、乱雑になった部屋の片付けをしたり本でも読もうと思っていたのだが、結局は片付けはしない、読書もしないで終わってしまいそうだ。  こんな風に怠け放題に過ごしたにもかかわらず、疲れがとれた感じがしない。かえってボーッとして気怠いではないか。これで一夜明ければ、またまた暑熱の中を勤めに通う一週間が始まる。これじゃ二日間損したような気分だわと思う。「暮れゆくだけの日曜日」というとても面白い措辞から、作者の気分を勝手に忖度した。当たらずといえども遠からずだとは思うのだが、いかがなものか。  「西日」というのは晩夏の季語なのだが、この句はどちらかというと立秋を過ぎた残暑の頃の西日の感じがする。猛暑の疲れが澱のように溜まっているからこそ、という感じなのだ。「残暑の西日」という新しい詠み方が、これを皮切りにできそうだ。(水)

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