白湯注ぐ白き飯碗原爆忌     嵐田 双歩

白湯注ぐ白き飯碗原爆忌     嵐田 双歩 『この一句』  原爆忌は広島、長崎双方の犠牲者を悼む日。その朝、白湯を白い飯碗に注いだのだ。とても具体的な絵が見えてくるが、何を意味するのかと考えると、抽象の世界に一転する。分かる人には分かるが、分からない人は全く分からない。分かる人も、この句のよさを上手く説明できないのではないか。  芭蕉は白色に特別な感覚を持つ人だったと思う。例えば「海くれて鴨のこゑほのかに白し」。夕暮れの海に鴨の声。それを「白し」と、芭蕉は感じたのだ。「音を色で表した芭蕉的な表現」とか、「五五七のリズムが鴨の声の“白さ”を際立たせる」などの解説に頷くものはあるが、納得したわけではない。  私は長らく、抽象画が分からない、と自認していた。ところが友人から頂戴した抽象画を壁に掛けていたら、何となく「いい絵だ」と感じるようになった。苦手なものを理解するには時間がかかるのだろう。原爆の日から十日あまり、この句はまだよく分からないが、かなり鮮明に「白」が浮かんできた。(恂)

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朝露に棘やわらかく紅の花     久保田 操

朝露に棘やわらかく紅の花     久保田 操 『季のことば』  合評会でこんなコメントがあった。「昼間は棘が硬くて痛いから摘めない。だから朝露の時に・・・。山形に行くとこういう光景がありますよ」(光迷)。「ああ、そうか」「そういうことなのか」と何人かが反応した。私もその一人だったが、花は摘まずに触っただけというのも悪くない、と思った。  紅花の本場・山形県にいけば、「露が降りている時は、刺は痛くない」という説明を聞いたりするのだろう。そこで作者は早起きして紅花畑へ行き、そっと触ってみて「アラ、本当に痛くない」とニッコリ、という場面を想像した。昼間、触って「やっぱり痛い」と言うのでは普通の観光客である。  七月の句会に出された句で、その時は「紅花」(夏)が季語だと思っていた。今ならもう「露」(秋)が相応しくなっている。この句はつまり「季重なり」なのだが、紅花と露のどちらも必要なのだ。紅花は紅の染料になるだけではない。種から紅花油も採るので、花は秋まで咲いているという。(恂)

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海原や西日の揺らぎ抱きしまま     水口 弥生

海原や西日の揺らぎ抱きしまま     水口 弥生 『この一句』  例えば伊豆の海釣りで、青森の五能線での旅で、海に沈む夕日を何度となく眺めているが、同じような光景はもちろん一度もない。場所が違うし、雲の状況もさまざまだし、それに海に沈んでいく太陽は常に揺らぎ、変形しているのだ。縦に伸びたり、扁平になったり、ひょうたん形になったり・・・。  太陽は海上の空気の層を真横に通過してくるからだ、と教えてもらったことがある。この間、空気の膨大な厚みがレンズのように働き、風の流れや空気の温度差もあったりして、丸い太陽が歪んだり、揺らいで見えるのである。この句は海に沈んでいく西日のそんな様子を大きく捉え、巧みに詠み切った。  「海原や」という表現が、簡単なようでななかなか思いつない。「抱きしまま」と余韻を残し、その後の海原の様子を読み手の想像に委ねている。落日の動きは意外に速いもので、一秒、二秒と数えるうちに沈んでいく。昨日、八月十五日の夕日もさまざまに変化しながら、海に抱かれて行ったのだろう。(恂)

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卓袱台を庭に運びて梅干せり   池村 実千代

卓袱台を庭に運びて梅干せり   池村 実千代 『この一句』  立秋までの十八日間が夏の土用で、暑さが極まる時とされる。ちょうど土用の入りの頃、本州一帯の梅雨が明け、灼熱の太陽が照りつける。この時期に、先祖伝来の掛軸をはじめとした書画骨董、蔵書を日に当てて湿気と紙魚を払う「虫干し」が行われる。それと平行して梅雨入りのころに漬けた梅を干す。  今どき東京あたりで梅干を作る家庭は無いだろうと思っていたのだが、六月に都心のデパ地下で青梅を売っていた。細々と梅干作りをする家が残っているらしい。漬けたとなれば、土用干しは欠かせない。塩蔵した梅を土用干しすると、皮が柔らかくなり実が締まって、初めてちゃんとした梅干になるのだ。  しかし、この句は今どきの梅干作りではなく、梅干作りを盛んにやった昔を懐かしんでいる句であろう。漬けた梅を並べた笊や簾を載せる台が足りなくなって、ついに茶の間の卓袱台を運び出したというのである。こうした梅仕事は大概はオバアチャンの采配で、お母さん、娘、息子が動員されて賑やかに行われる。大わらわの土用干しの情景が生き生きと描かれている。(水)

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西日射す暮れゆくだけの日曜日   村田 佳代

西日射す暮れゆくだけの日曜日   村田 佳代 『この一句』  日曜日の暮れかかる頃の、倦怠感と悔悟の念が滲み出ているような句である。溜まっていた疲れを解きほぐそうと、この土日は用事や遊び事の計画は入れずに、久しぶりに家に居て、乱雑になった部屋の片付けをしたり本でも読もうと思っていたのだが、結局は片付けはしない、読書もしないで終わってしまいそうだ。  こんな風に怠け放題に過ごしたにもかかわらず、疲れがとれた感じがしない。かえってボーッとして気怠いではないか。これで一夜明ければ、またまた暑熱の中を勤めに通う一週間が始まる。これじゃ二日間損したような気分だわと思う。「暮れゆくだけの日曜日」というとても面白い措辞から、作者の気分を勝手に忖度した。当たらずといえども遠からずだとは思うのだが、いかがなものか。  「西日」というのは晩夏の季語なのだが、この句はどちらかというと立秋を過ぎた残暑の頃の西日の感じがする。猛暑の疲れが澱のように溜まっているからこそ、という感じなのだ。「残暑の西日」という新しい詠み方が、これを皮切りにできそうだ。(水)

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機首下げて街にあまねく西日かな   直井  正

機首下げて街にあまねく西日かな   直井  正 『この一句』  日本の空港は概ね住宅密集地の近くにあるので、騒音規制などによって、かなりの高空を飛んで来て、空港近くになるとぐるぐる旋回しながら高度を急速に落とす。羽田空港などはその典型である。戦後70年もたっているのに、首都周辺の航空管制の主導権は未だに米軍に握られている。民間飛行機は狭い空域を遠慮しながら、まるで螺旋階段を降りるような恰好で降りて来る。  晩夏の午後五時頃、羽田に降りようとする飛行機の窓からは、真っ赤な太陽が、首都圏の市街地を照らして千変万化の景色を描くのが見える。京浜地域と房総半島の半ばくらいまで、住宅や工場が透き間なく並び、壊れかけた万華鏡のような支離滅裂な模様になっている。  「街にあまねく西日」というのが面白い。古俳諧から現代俳句まで、西日の句は暑苦しい感じをうたい、視線は水平線かやや上方に上げたくらいの眺めを詠んだものがほとんどなのだが、なんとこれは上空から見下ろしている。まさに大鷲になったような気分の句である。(水)

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広島忌七つの川の靜かなり   田中 白山

広島忌七つの川の静かなり   田中 白山 『合評会から』(番町喜楽会) 光迷 広島は中州のような地形で、大小の川がいくつも流れています。今それらの川は静かに流れているという。広島忌を良く言い表しています。 而雲 あの日の川の光景はひどいものだったと体験者から聞いた事があります。この句も、昔を知っている人が、今、その川を見ているんですね。 正裕 原爆でひどい火傷をした人たちは、熱くて、必死に水を求めたそうです。川にどんどん集まった。その当時と、静かな今とがつながっています。 てる夫 「川は靜かだ」と詠んで、被爆の惨状をまざまざと思い起こさせる、見事な詠み方だと思いました。 双歩 先生が必死になって生徒達に「川に飛び込め」と言ったというんですね。しかし、遅れて来た人たちはもう飛び込む余地が無いほど人で埋まっていたそうです。「七つの川の靜かなり」とは、いかにも静かにしかも重く感じます。           *     *     *  広島忌は8月6日。淡々と今の広島を詠んで、阿鼻叫喚の地獄図を思い起こさせる。実に奥行きの深い句である。(水)

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青空の深さこよなき長崎忌   今泉 而雲

青空の深さこよなき長崎忌   今泉 而雲 『季のことば』  長崎に原爆が落とされたのは七十年前の今日8月9日であった。その三日前の6日には広島に落とされている。爆撃直後から、その後の放射線障害いわゆる原爆症による死者を含めて、両市の原爆犠牲者は三十万人に上る。これほど残虐非道な武器が使用されたのは歴史始まって以来、この二つだけである。この事実を風化させてはならない。悲惨なことや醜悪なる現実から目を背けがちな俳人も、「原爆忌」と「敗戦忌(終戦日)」だけは詠み続けた方がいい。  ところが困ったことに、季語の季節区分が広島忌と長崎忌で異なってしまうことである。広島忌は「夏」だが、立秋をまたいでしまう長崎忌は「秋」になる。敗戦忌は8月15日だから無論、暦の上では秋。しかし、この三つとも気分的にはこの上なく暑苦しく、「夏真っ盛り」という感じである。この三つだけは歳時記を無視して「夏」の句と見なすのはいかがか。  永井隆博士の随筆「長崎の鐘」を元にサトウハチローが作詞して大ヒットした同名の歌、「こよなく晴れた青空を悲しと思うせつなさよ」、この句はそれを本歌取りした句だが、実に上手く長崎忌の雰囲気を詠んだ。(水)

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希望残せしパンドラの箱原爆忌     前島 厳水

希望残せしパンドラの箱原爆忌     前島 厳水 『この一句』  「パンドラの箱」とはギリシャ神話にある災いの詰まった箱のこと。ゼウスがあらゆる悪を閉じ込めていたが、パンドラという女性が好奇心で開けてしまった。箱から人の世に災いをもたらすものが次々に飛び出して行く。パンドラが慌てて蓋を閉めたら、最後の一つ「希望」だけが箱の中に残ったという。  この句は、以上の話を知らないと理解しにくいが、言いたいことの全てを五七五の中に収めるのは不可能に近い。「パンドラの箱」「希望」そして「原爆忌」それに「(希望だけがが)残った」も必要なようである。さてどうするか。作者は結局、満足のいかぬまま句会に出したのではないだろうか。  俳句ではしばしば知識を試されるが、この句の場合、「希望」のことまで知る人は少なかったようだ。しかし句会に出す意味は大いにあった。「パンドラの箱」は原爆投下を考える上で実に適切な寓話だからである。どう作ればこれらの材料が一句にうまく収まるか。もう考え始めた人がいるかも知れない。(恂)

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秒針の動くをみつめ原爆忌       星川 佳子

秒針の動くをみつめ原爆忌       星川 佳子 『合評会から』(番町喜楽会) てる夫 原爆の日、テレビの黙とうをささげる場面でしょう。時計の針だけが秒を刻んでいくけれど、この句から感じるのは、黙祷している1分間の秒針の動きです。 而雲 私もテレビを思ったけれど、黙祷開始まで、原爆が投下されるまでの何秒かですね。 春陽子 この句会には元ジャーナリストが多いでしょう。原爆投下の瞬間の何時何分何秒まで記憶していて、こういう句を作ったのかな、と思いましたが。 水牛 ここにいる人は、それほど緻密ではない(笑い)。この句は式典開始前の緊張の十秒間かな。 水馬 あの瞬間、時は止まっているが、時計はコチコチと動いている、という感じを受けました。 佳子(作者) 私が思うのは一秒前と一秒後のことです。日常が一瞬に消えてしまう、その一秒の差ですね。               *         *  一秒前と一秒後・・・。「なるほど、そうか」「なかなか深いね」などのコメントがあって、しばし沈黙。被曝七十年の今年、反原爆・反戦への思いは静かに高まっているようだ。政治の行方と関係があるのだろう。(恂)

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