朝刊の棋譜を眺めて長閑なり      植村 博明

朝刊の棋譜を眺めて長閑なり      植村 博明 『この一句』  碁は複雑にして非常に面白いゲームである。将棋、麻雀、パソコンのゲームなど全てのゲームの中の王者と言えよう。しかし、と思う。これは碁好きの我田引水論かもしれない。なにしろ私は、この句の「棋譜」を碁の棋譜と初めから決めていた。将棋ファンには申し訳ないが、以下の文も囲碁のことである。  新聞の囲碁欄を“読む”というのは、相当な実力派だろう。双方が十手ほど、つまり布石の初期なら目で追うことが出来るが、それから先になると、ただ眺めるだけになる。句の作者も正直に“眺めて”と詠んでいる。それならば、オレといい勝負かな、こんど一戦交えようかな、などと思う。  では、読んで分からないのに、なぜ眺めているのか。実は、ここからの説明が難しい。新聞の棋譜はスポーツの記事とは違う。ひいきの棋士がポカ(大失敗)をやっても、負けてしまっても、眺めているだけで何となく楽しいのだ・。この「何となく」が長閑なのかな、と朝刊の棋譜を眺めながら考えている。(恂)

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