春愁をまとひ京町暮れ泥む        河村 有弘

春愁をまとひ京町暮れ泥む        河村 有弘 『この一句』  京都の町が春愁をまとっている、というのだ。春愁はもちろん人間の心に存在するものだが、「町がまとう」という表現が気に入ってしまった。しかしこの句、人間そのものを詠んでいる、とも言えよう。生き、働き、笑ったり、泣いたりしている人々の心の集合体を、古都に置き換えているのだ。  「暮れ泥(なず)む」も、この句のもう一つの眼目である。晩春の夕刻の、暮れようとしてなかなか暮れない雰囲気が身に迫ってくる。「春愁」という季語は「三春」つまり初春、仲春、晩春のいずれにも用いられるが、「ああ、春が逝ってしまうのだ」という想いこそ、この季語に相応しいのではないだろうか。  一つ気になったのが「京町」である。この地名は各地にあるが、京都の町そのものを表す語ではなさそうだ。「京の町」とする中七の字余りは頂けない。「まとひて四条(祇園)」などと変えたりすると、京都全体のムードが一地域に縮小してしまう。結局、原句を尊重したが、これでよかったのかどうか。(恂)

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