遠来の阿弥陀薄目や春の宵   水口 弥生

遠来の阿弥陀薄目や春の宵   水口 弥生 『この一句』  「薄暗い中で、阿弥陀仏の薄目。長閑な雰囲気も感じられますし、春の宵との取り合わせがうまい」(正市)という感想が句会で述べられた。そう言われてみればそうも思えるのだが、私には「春の宵」がもう一つ分からなかった。春昼とか春の午後と言った方がぴったりするのではと思ったのである。  しかし作者の解説を聞いて腑に落ちた。これは上野の博物館でやっている東北地方の仏像を集めた展覧会の光景なのだ。金曜日は午後八時まで開いているから、まさに「春の宵」。春の宵の博物館に、のんびりと仏様に向き合う。舞台装置が明らかになってみると、今さらながらなるほどなあと感じ入る。  東北地方の仏像は京都や鎌倉のと違って、素朴である。都の仏師たちの繊細な技術には及ばないところがあるものの、なんとも言えない温もりが感じられる。それを「阿弥陀の薄目」と言った。「遠来の」は、もちろん山深いところから上野へという意味なのだが、畏れ多くもはるばる西方浄土から、とも読み取れて、面白味を醸し出している。(水)

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