囀りの止むを確かめ雨戸繰る   直井 正

囀りの止むを確かめ雨戸繰る   直井  正 『この一句』  早朝、雨戸を繰ろうとしたら、小鳥が庭先で盛んに囀っている。「今開けたらさぞかしびっくりするだろうな」と、思わず手を止めたのだ。数分間、じっと聞いている。やがて飛び去る気配を確かめて、開けたというのである。  「朝顔に釣瓶とられてもらひ水」という句がある。人口に膾炙した加賀千代女のウイットに富んだ句だが、あまりにも作意が勝ちすぎる。朝顔の蔓の伸びるのがいくら早いとは言っても一晩で釣瓶を絡め取ることはない。正岡子規はこの句をさんざんにこき下ろした。幸田露伴も「『朝顔に釣瓶とられて』や『井の端の桜あやふし』(秋色の『井戸ばたの桜あぶなし酒の酔』)などは最初は感心していても次第にそうでなくなる」(「露伴の俳話」)と述べている。  このように動植物への過度の感情移入は、得てして作り物っぽい底の浅い句になりがちである。しかし、この「雨戸繰る」の句は、危ういところで踏み止まっている。庭先の小鳥の囀りを妨げたくないというのは、誰もが抱く気持である。それがこの句を「真実の側」に留まらせたのである。(水)

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