囀りの頭上より降る峠かな   井上 庄一郎

囀りの頭上より降る峠かな   井上 庄一郎 『この一句』  子供の頃から山に慣れ親しんできた人ならではの句である。山もあまり高くなると、鷲や鷹など特殊な鳥以外はあまり見当たらない。百千鳥の囀りが最もよく聞こえるのは、まさに「峠」であろう。  山腹に無造作にトンネルを掘ることなど出来なかった昔、人々は山と山との間の鞍部、すなわち峠を越えて隣の村里に行った。峠が雪に埋もれる冬場は、ほとんど行き来が叶わなくなってしまう。雪が溶けて地肌が現れる春になると途絶えていた隣国との交流がようやく復活する。昔の人達にとって「峠」は実に印象深いものだった。郷里の輿望を担って都へ出で立つ若者たちは峠を越えて行ったのだし、新しい文物は峠を越えてもたらされた。  息をあえがせて上ってきた峠の頂上で一息入れる。汗ばんだ肌に峠の冷たい風が気持いい。うっすらと若緑の見えてきた雑木の中から、囀りが降って来る。岩に腰掛け、小鳥たちのおしゃべりを聞きながら水筒の水を飲む。また春が巡って来たなあと、しみじみ思う。  「頭上より降る」という措辞がとても心地良い。(水)

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