のどかなりハエの足もむ音きこえ     石黒 賢一

のどかなりハエの足もむ音きこえ     石黒 賢一 『この一句』  物音一つしない春の一日、作者は机に向かって俳句を考えている。両手で顎を支え、庭を眺めていたのではないだろうか。ふと窓際に目をやると、暖かい日差しを受けて、蝿が一休みしていた。オヤ、蝿が前足をすり合わせているぞ。一茶の「やれ打(うつ)な蝿が手をすり足をする」がすぐに頭に浮かぶ。  蝿に手はないはずだ、あれは前足だろう、と思う。しかし一茶はあえて「手をする」とし、手をもんで申し開きをする人間の様子を表したかったのだ。流石にうまいもんだ、と思うが、オレだって、の気持ちはある。何か新発見はないかと神経を張り詰めていると、蝿の足をもむ音が、聞こえてきたような・・・  この句、NPO双牛舎総会句会で上位の一角に食い込んだが、当欄に載せるにあたって「音は実際に聞こえたのか」が気になった。作者に訊ねてみると「集音マイクを使ってもダメでしょう」とのメールが返ってきた。聞くまでもないことだった。句を選ばれた方は、そんなこと百も承知、だったのだろう。(恂)

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春愁や一人住まいの洗い皿        渡邉 信

春愁や一人住まいの洗い皿        渡邉 信   『この一句』  一人住まいの室内の卓上か、調理台の上かも知れない。洗い上げられた皿が置かれているのだ。それもリビングキッチンの卓上に置かれた真っ白な一枚がいい。かつては何人かの家族がいたのだろう。一人では広すぎる空間に置かれた皿と春愁との兼ね合いが心に沁みる。いい句だ、と私は思ったのだが・・・。  合評会で「洗い皿」を「皿洗い」としてみたらどうか、という問題が提起された。皿という個体の存在が、皿を洗うという人間の動作に変わる。動作を春愁と取り合わせると、侘しさ、やるせなさが、増してくる感じだが、「一枚の皿、という静物画的な雰囲気こそ魅力」という意見に集約されたようである。  しかし、ふと気になり「洗い皿」を辞書で調べてみた。「水を張り、盃などをすすぐ皿」のことだという。つまり「盃洗用の皿」のことらしいが、一人住まいにはいかにもそぐわない。「洗い皿」を「洗い終えた皿」と解釈していいのか、ほかに適当な言い回しはないのか。今はそんなことを考えている。(恂)

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さえずりの三陸の野に鎮魂碑       吉田 正義

さえずりの三陸の野に鎮魂碑       吉田 正義 『この一句』  三陸は宮城、岩手、青森の三県にあたる地域だが、この句の「野」は、東日本大震災の被害を受け、家などが失われた地域を指すのだろう。3・11は今年で四年目、現在はもう五年目に入っているのに荒地のままで、復興から取り残されているようだ。国は、自治体は、何をしているのか、と言いたくなる。  被災地にゆかりのある人はもちろん、旅行で立ち寄っただけの人でも、被災当時のままに置かれた状態を見ては気にならざるを得ない。私(筆者)の場合は、仙台に近い多賀城市がその地にあたる。かつて泊まったホテルの三階まで水が来たそうで、最近の様子がテレビ時に写った時は、目が離せなくなった。  鉄道や港湾などのインフラや高台のニュータウン用地などは順調に建設・復興が進んでいるようだ。しかし津波にさらわれた海岸の住宅地跡の多くは、手つかずのまま放置されている。作者はそういう場所の鎮魂碑を見つけたのだろうか。小鳥のさえずりは鎮魂歌に聞こえていたに違いない。(恂)

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澄み渡る空のしじまや花大根       岡本 崇

澄み渡る空のしじまや花大根       岡本 崇     『季のことば』  句の花大根は諸葛菜、オオアラセイトウ、ムラサキハハナの別名を持つ帰化植物(原産地中国)を指すのだろう。線路の脇や土手などに咲く紫色の花は、すでにお馴染みの存在。日本には江戸時代に到来したとされるが、ある人が第二次大戦後、日本各地に咲かせようと種を播いて歩いた、という話もある。  帰化植物が日本に到来すると、在来種と競合を続けるらしい。例えばセイタカアワダチソウは当初、在来のススキを圧倒したが、今ではススキが失地を回復している。花大根もある時期、大いに目立つ存在になったが、その後、退潮。いまでは適当な範囲を固め、日本の花になりつつあるように見える。  この句、作者は土手に腰を下ろし、足元の花大根を見つめていたのではないだろうか。ふと目を上に転じると空は澄み渡っている。空の青さと地の紫。その間に大きな静寂が広がっていたのだ。当欄の前句、足下に揺らぐカタクリの花を思わざるをえない。紫の花は静かさが似合うようである。(恂)

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かたくりの花のゆらぎの静けさや   和泉田 守

かたくりの花のゆらぎの静けさや   和泉田 守 『季のことば』  三月から四月、ブナやナラ、クヌギなど落葉広葉樹林がようやく芽吹き始める頃、林床のふかふかした腐葉土の間から、緑に紫の斑紋のあるカタクリの葉が二枚のぞく。間もなく10センチほどの赤味がかった花茎が伸び、薄紫の反り返った六弁花を開く。まだ辺りは一面黒褐色の中で、可憐な片栗の花は実に印象的である。  北海道から本州全域、九州、四国の一部の山林に自生するユリ科の多年草で、昔は珍しくもない植物だったようだ。ところが江戸時代以降、その花が可愛らしい故に観賞用に採取され、また、根っこから良質の澱粉(片栗粉)が取れるとあって乱獲され、昭和時代には希少植物になってしまった。近年、保護、栽培育種されてまた復活、各地に「片栗の名所」が出来ている。  やわらかな花びらと花茎は、繊細で折れやすい。小さいながらにしっかり立ってはいるのだが、無神経な人の足音には震えおののく。本当は誰にも見られず、物音一つしない奥山の陽だまりに、ひっそりと咲くのが似つかわしい花である。この句はそうしたカタクリの花の様子をよく伝えている。(水)

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遠来の阿弥陀薄目や春の宵   水口 弥生

遠来の阿弥陀薄目や春の宵   水口 弥生 『この一句』  「薄暗い中で、阿弥陀仏の薄目。長閑な雰囲気も感じられますし、春の宵との取り合わせがうまい」(正市)という感想が句会で述べられた。そう言われてみればそうも思えるのだが、私には「春の宵」がもう一つ分からなかった。春昼とか春の午後と言った方がぴったりするのではと思ったのである。  しかし作者の解説を聞いて腑に落ちた。これは上野の博物館でやっている東北地方の仏像を集めた展覧会の光景なのだ。金曜日は午後八時まで開いているから、まさに「春の宵」。春の宵の博物館に、のんびりと仏様に向き合う。舞台装置が明らかになってみると、今さらながらなるほどなあと感じ入る。  東北地方の仏像は京都や鎌倉のと違って、素朴である。都の仏師たちの繊細な技術には及ばないところがあるものの、なんとも言えない温もりが感じられる。それを「阿弥陀の薄目」と言った。「遠来の」は、もちろん山深いところから上野へという意味なのだが、畏れ多くもはるばる西方浄土から、とも読み取れて、面白味を醸し出している。(水)

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溜池に満満の水つばめ呼ぶ   堤 てる夫

溜池に満満の水つばめ呼ぶ   堤 てる夫 『季のことば』  三月末から四月初旬、里山の背後の中程度の高さの山々の雪が溶けるころ、南の国から燕が次々にやって来る。去年の古巣を夫婦して繕い、すぐに産卵・抱卵し、雛が孵ると虫を口いっぱいに含んだ二羽が交互に戻っては食べさせる。一切の雑念無く、ひたすら雛の口に餌を運ぶ。その様子は神々しいほどである。  ちょうど燕がやって来て雛を孵す頃、農村地帯は田圃の準備が始まる。代掻きが行われ、整えた苗代に種籾を蒔く。用水路の点検・補修が行われる。そしてその上流の溜池は山からの雪解け水を受け止め、いつでも田圃に供給できるように、岸辺まで満満の水をたたえる。  春の陽差しに温められた溜池には、いろいろな虫どもが一斉に生まれ、水面を飛び交う。親燕は待ってましたと縦横無尽に飛び、口を開けて滑空しながら虫を捕らえる。  「溜池に満満の水」というのが、とてもいい。仲春の田園ののどかで豊潤な雰囲気を感じさせる。(水)

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呑み仲間また一人逝く春の宵   高石 昌魚

呑み仲間また一人逝く春の宵   高石 昌魚 『この一句』  年を重ねるにつれ、友人知己、親戚連中が櫛の歯を挽くように亡くなって行く。それは仕方のないことなのだと理屈では分かっているのだが、なんともやるせない気分になってしまう。  長年、嬉しいと言っては呑み、くやしいと言っては酌み交わした仲間に先立たれてしまうのは、ことに落胆の度合いが大きい。親や妻子との別れとは異なる淋しさである。「オレが先か、お前が先か」などと言い合いながら飲んだことも再三の間柄だから、突然訃報に接しても泣いたりはしない。が、なんとも身体中の力が抜けてしまうような感じになる。この作者も訃報を受けて、しばし呆然の体なのであろう。それをそのまま詠んでいる。  しかし、これは何も「春の宵」とは限らないのではないか、「冬の朝」にも「夏の夜」にもあてはまるし、句の内容からすれば「秋の暮」の方がぴったりする──といった評があるかも知れない。  ただ、これは「春の宵」の訃報だったのだろうし、春の宵もまた秋の暮れ同様、しきりに思いをかき立てられる時なのである。(水)

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春の宵イカ飯匂う自由席   杉山 智宥

春の宵イカ飯匂う自由席   杉山 智宥 『この一句』  イカ飯は単純素朴で旨い弁当だ。烏賊のげそ(足)を腸ごと引き抜いて、胴体にもち米と白米を混ぜたのを入れて、醤油味の出汁で炊き上げただけである。近ごろは刻んだげそや油揚げ、筍、人参、椎茸などをコメに混ぜた凝ったものもあるが、米だけのものが伝統的だ。  米不足に見舞われた第二次大戦中の北海道。少ない米で腹一杯食った気分にさせるにはどうしたらいいか。函館本線森駅の駅弁屋が知恵を絞った。目の前にはスルメイカが捨てるほどある。次々に水揚げされるのだが、輸送力が落ちているから東京などに送れず、滞貨が山積み。これを利用しない手はないと、考え出したのが「イカ飯」。時は移り、高度経済成長時代になって東京のデパートが「全国駅弁大会」を始め、そこに出品するやたちまち人気ナンバーワン。一躍全国区商品にのし上がった。  気取らないイカ飯。しかし、暖かく密閉空間の車内では煮イカ特有の匂いが濃密に漂う。やはりこれは新幹線グリーン車には似合わない。「イカ飯匂う自由席」と、艶美な「春の宵」との奇想天外な取り合わせ。実に面白い。(水)

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寺家村へ歩み出だせば初音かな   大下 綾子

寺家村へ歩み出だせば初音かな    大下 綾子 『合評会から』(番町喜楽会寺家桜吟行) 双歩 典型的な挨拶句、いい感じですね。「歩み出せば」の中七が素晴らしい。 百子 ほんとにそうでしたね。歩き始めたら鶯が鳴き出すなんて・・。 大虫 畦道から谷戸の山裾に一歩踏み込んだ時でした。 厳水 まさにその通り、何も付け加えることはない。うまく瞬間を詠んでます。           *     *     *  確かにこういう風に、その時の情景をそのまますっと詠む、これが吟行句の極意なのだろう。同行の面々、「やられた」という顔であった。  寺家町ふるさと村への桜吟行の一句。この辺は横浜市と言っても、川崎市麻生区、東京都町田市に接し、入り組む谷戸と鶴見川沿いに田や畑の広がるのんびりした田園地帯。七〇年代末に東急田園都市線青葉台駅が出来て、少しは便利になったものの、今でもここまで来るには駅からバスに二〇分以上揺られなければならない。それだけにカワセミもいれば鶯も歓迎の声を発してくれる小川や森が残っている。  桜はほとんど散っていたが、菜の花が満開、梨の花が盛り、春野の花々が咲き乱れる中で、一同ゆったりとした気分になった。(水)

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