放棄田にいのち振り撒きすみれ草   河村 有弘

放棄田にいのち振り撒きすみれ草   河村 有弘 『この一句』  豊葦原瑞穂国の日本人は大昔から「白い飯が腹一杯食える」身分になることを夢とし、励みともしてきた。しかしそれはなかなか難しく、昭和40年代後半になって、ようやく、誰もが白米を好きなだけ食べられるようになった。まさに開闢以来二千年の夢が叶ったのである。  しかし皮肉なことにその頃には、補助金と輸入米関税によって保護されて来た国産米は、買い入れ価格と消費者米価との逆ザヤがピークになり食管会計が破綻、ついに政府は米の生産調整、いわゆる「減反政策」に踏み切った。米以外の作物に転換すれば奨励金を出すという政策で、耕作放棄地にも補助金支給ということになり、これが日本農業の荒廃を招来した。  今や田舎に行けば至るところに放棄田がある。夏場は雑草が生い茂り見るもおぞましく、冬場は枯れ草に覆われうたた荒涼。それが春ともなると、草の芽が萌え立ち花が咲き始め、見違えるような光景となる。中には菫の群落もある。一面茶褐色の放棄田の中に濃紫の菫が咲いているのを見ると、まさに蘇生の喜びが湧いてくる。東風の肌寒さに震えていた身体を温めてくれるようだ。(水)

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